そして、記念すべき第3回目の全国甘党@お茶会探訪を相変わらずバシッと開催しました。
だから、モーレツに暑い中、8月27日(日)に光合成をしながら激しく楽しい大阪です。

その日の朝〜昼〜晩〜宴会までの几帳面なスケジュールなら、こっちに記載してあります。


あんた、何個まで食べれるの? 大阪代表やねん。京都代表どすえ〜♪


今回は総勢なんと28名です!東京がモタモタやってんで大阪がごっつ活気づきよってん。
でな、新大阪から地下鉄に乗ったら今では珍しい路面電車に乗り換えて会場まで行ってん。


これってハイオクで走るのか? 一般の方にご迷惑をお掛けしないように!


大阪弁、これでOKでしょうか。岐阜は関西弁と名古屋弁が混ざったもっと汚い言葉です。
だから、そんなことはどうでもいいんです。上の写真を見て下さい。電車を独占状態です。


どこ見てんのよ!見世物じゃないわよ! 岐阜の関市もさ、名刀“関の孫六”が有名よ


左は、路面電車をさらに乗り継ぐために道の真ん中に横一線に並んで待っている写真です。
で、今回は人数が多かったのでお店の近くの刃物快感いや、会館をお借りして行いました。

こうしてお茶会探訪を開催するまでに、私は新幹線にお乗りになって大阪まで来たんです。


そして、記念すべき第3回目のお茶会探訪先は、歴史を物語る八百源来弘堂です。
メラニン色素が活発になるくらい暑い中、大阪府堺市のお店にお伺いをしました。


雰囲気は洋風でも中身は和風の岡田です
なんと6代目の岡田巧さんです。

創業は元禄元年です。だから、
それって西暦何年でしょうか。

で、ちょっとググッたら、
なんと1688年でした。

えっとね、お犬さまお猫さまの
生類憐れみの令の江戸時代です。

さらにお魚さまもあったみたい。

そんな時代から続いていますし、
そんな歴史あるお店のお話です。

ここは大阪の堺市です。千利休の生誕の地で、さまざまな文化が入ってきました。 その一つに刃物があります。そう、堺市は全国でも刃物がとっても有名なんです。 ってことで、八百源から歩いて約5分の場所にある刃物会館でお話を聴きました。 岡田さんとスタッフを合わせると30名を超えましたのでロの字型で聴きました。 さぁ、これから堺の歴史について授業を始めま〜す! 机の上のお菓子って食っていいのかよ?だれかなんか言ってくれよ そして、長いテーブルに一人ずつ順番に座ったらレジュメとお饅頭が配られました。 肉桂餅とちぬ乃月と言う名の上品な味の和菓子でした。だから、2口で食べました。 1万2千、1万3千、1万4千。。。 だれか真ん中で芸をやれよ 岡田さんは今までにもテレビや雑誌等の取材をほとんど受けませんでした。でも、 同級生である田村幸樹さんの熱いオファーによって快く引き受けて下さいました。 その田村さんは左上の写真で現金を入念にチェックしているロン毛の鞄職人です。 2人は小学校のときに机を並べて勉強した仲で2人とも優秀で2人とも職人です。 岡田さんは神戸大学で会計学を学びましたが、和菓子を作るには必要ありません。 そう、成績が優秀な少年は老舗のお店を継ぐことをどう思っていたのでしょうか。 私は訊ねてみました。すると「跡を継げ!勉強をせよ!と言われ続けました」と、 岡田さんは答えてくれました。また「中学の頃からあんを炊いていたからね」と、 6代目になることを幼い頃から自覚していたかのように笑って続けて言いました。 やっぱり創業300年程もある歴史のDNAは脈々と受け継がれているようです。 そして、さすがに老舗だけあって、堺市の和菓子屋で製あん機を持っているのは、 八百源だけです。1台1500万円はする機械なのでそうは持っていないんです。
左がちぬ乃月で、右が肉桂餅です。
それぞれ1口&1口で食べました。

美味い!僕、ニッキ大好き。あ、
肉桂と書いてニッキと読みます。

ちなみに、セイロン産のニッキを
シナモンと呼んでいるらしいです。

お餅がやわらかいですが、その分、
あんもやわらかくしないと×です。

小さな部分で手間が掛かって、
これだけ繊細だと飲み物です。

そう、私にとってはドリンクです。

どうですか?本当に美味しそうな清涼飲料水です!
どうやらこの八百源が、肉桂餅の元祖のようです。岡田さんは文献が残ってないから、 ハッキリとは言えないと言いましたが、南蛮貿易で栄えた堺には肉桂が早く入ったし、 八百源の歴史を鑑みるとジャパンの中では間違いなく肉桂餅の元祖です。決まりです。 私が6代目だったらそっこら中に言い振りまいています。だから、うそ臭いんですが。 そんな岡田さんにも若干の悩みはあります。それは職人がなかなか育たないことです。 “かま洗い3年、あん炊き10年”今でも10年は続けないと一人前にはなりません。 やっぱりなんでも続けないとものにはならないようです。続ける人材が少ないんです。 だから、岡田さんは創業300年の歴史の味を守るために自らも製造の現場にいます。 サイン、コサイン、タンジェント 先生、そろそろ子どもが幼稚園に入るので単位下さい ちょっと見てやって下さい。まるで学校の先生と10年も留年した高校生のようです。 でも、どっちがどっちだってまだ言ってないから勝手に私を悪い方にするんじゃない。
実に多彩な新商品を考案します。
また、ネーミングがグッドです。

堺をテーマにした“南蛮”は、
この地でしか使えないですね。

いや、趣があっていいものです。

取材のとき期間限定の水羊羹は、
全国から殺到して品切れでした。

ゼリーの“シナモン一滴”って、
いい名前ですねぇ、一滴だもん。


是非、ゆっくりご覧下さい→


肉桂の鼻をくすぐる香りが、もうたまりまへん
私は岡田さんにこれからの八百源についてお訊ねしました。今後の方針ってやつです。 すると「堺をブランドにしたい。堺を前面に売りたい。堺の歴史を大切にしたい」と、 声高にハッキリと28名に向かって言いました。要は、他所との差異を設けるんです。 堺って千利休の生誕の地であり“東洋のベニス”と言われたほど港が栄えた町でした。 でも、1時間前の私は“堺”と言えば沢口靖子の出身地としか頭にありませんでした。 本当に大好きでした。映画『刑事物語3』は6回も岐阜東宝に足を運んでは観ました。 大学ノートの片隅には杉山靖子と小さく書いたものです。子が付く女性が理想でした。 それがね…。だから、そんなことはどうでもいいんです。堺には独自性がありません。 いらっしゃいませ!どうぞ中に入って下さいまし なんだか趣きのあるお菓子が並んでいま〜す だから、ご先祖様が生まれ育ったここ堺をブランドにして大切にしてお返しをしたい。 岡田さんは本当に強くそう思っています。全国的にはお引越しと言えばサカイですが、 岡田さんは“和菓子と言えば堺”にしたいんです。しかし、多くの人は京都なんです。 人を褒めているのかけなしているのか分からんような曖昧な言語を使う京都なんです。 どれや?どれにすんのや? わしゃ神戸から来たんや ここからここまでと言って買い占めたい。。。 でも、岡田さんは「茶の利休が生まれた堺の方が和菓子は盛んだったはず」と言うと、 「京都の水は軟水なのであんの甘味が抜けるけど堺は元々は海だったので硬度が高い。 なので、京都に比べるとズッと濃厚な味のあんができるんです」と笑顔で続けました。 しかし、勝った負けたの世界が嫌いな岡田さんは「京都には京都のよさがありますよ。 だから、どっちがいいか悪いかではなくそれぞれが一番です。負けて勝てですよ」と、 とっても深いお話をしていただきました。でも、28名の中で頷いたのは僕一人です。
明治村にある夏目漱石の生家みたいだ。。。いいねぇ。。。
いや、本当にいいですねぇ。

美濃町のおばあちゃんちを
ふと思い出しちゃいました。

この香り立つたたずまいだけで、
美味しいと言うのが分かります。

この店舗の裏には工場があって、
毎日毎日、味との真剣勝負です。

窓ガラスにみんなが映ってます。
このガラスの引き戸もOKです。

あ、“肉桂餅”って看板は、
舟板なのでまず腐りません。


今まではネットでの販売をしていませんでしたが今ではネットショップを構えています。 東京のデパートでも名古屋の高島屋でも八百源の和菓子がショーケースに並んでいます。 一人でも多くの人に“堺の和菓子”を“堺の八百源”を手に取ってもらいたいからです。 そして、それが創業300年の老舗の看板を守る6代目としてできる堺への恩返しです。 みんなありがとう! 僕は堺の星になるよ はいはい、順番にねぇ。現金出してねぇ 刃物会館でのお話ときに岡田さんのモデルのような妹さんがお手伝いをしてくれました。 八百源へ移動するときに妹さんの車に乗せてもらった党員からちょっと聴いたのですが、 妹さんは「小さい頃からこの家に生まれたことが本当に嫌で嫌で仕方がなかった。でも、 今は兄から手が足りないからと言われて手伝っています。やはり離れられない運命だわ」 笑顔でそう言っていたそうです。老舗には老舗なりの人には言えない苦労があるんです。 この“肉桂餅”と言う名を継承できる人は岡田さんただ一人です。一子相伝の味は深い。