第20号 岡田知行・摂子さん (神奈川県) 2007年03月09日取材




待ち合わせの新横浜駅。しかし、大改装中のため待ち合わせの場所がそこにはなかった。
そして、途方に暮れた。私は行き交う人ごみの中、ギュッとケータイを握り締めていた。

そのとき私の左手の中のそれが静かに音を鳴らした。ふッ、助かった。
私は一つため息をつくと言葉にならないような深い喜びに満ち溢れた。

そして、記念すべき第20回目の砂金の人は、インテリア工房の岡田知行&摂子さんです。

表面的には、仲のいい夫婦なの〜♪
ご覧いただいてお分かりのとおり、
どう見ても中国地方のご夫婦です。

随分前から横浜に住んではいるものの、
旦那は広島、奥さんは岡山の出身です。

実に仲のよいご夫婦です。
奥さんは旦那を立てます。

新横浜駅から車で会社に着くまでの間、
旦那は自分の半生を延々と語りました。

その間、奥さんはジッと黙っていました。
だから、私は作り笑いで聴いていました。

そして、人生の歩み方をお訊きしました。

私は、せつこマ〜マ(奥さん)とは随分前からメールでやり取りをしていました。 でも、知行さんとは一度でも話すどころかメールをもらったことさえありません。 だというのに、私に向かってよく喋るったらありゃしませんでした。 そして、夫婦で今日まで乗り切った歩みをサラウンド方式で語っていただきました。 3月9日(金)に、神奈川県横浜市のバラが咲く会社兼ご自宅でお話を伺いました。 雑誌にも載ったバラなのよ! お仕事の腕前には本当に自信があるの! まずは知行さんのお話から始めます。知行さんは、内装関係のメーカーに勤めていましたが、 支店長とケンカをして辞めました。その次に勤めた内装工事の会社は倒産してしまいました。 だから、この道一筋42年で、独立してから24年目となります。 別に好きで社長になった訳じゃありません。仕方なくなりました。 とは言っても、バブルの頃は腐るほど仕事が降り注いできました。 大手ゼネコンの下請けをやっていたために本当に忙しかったです。
しかし、まったく儲かりません。
いくらマジメにやったところで、

手元に残るお金はごくわずかでした。
目イッパイ働いても利益が少なくて、

おまけに大手ゼネコンの営業マンに、
毎晩のようにお酒をたかられました。

なにも考えず必死に働いた結果、
1円も残っていない状態でした。

知行さんは「本当に苦しかった」と、
お弁当を食べている私に言いました。

私は、お弁当をご馳走になりました。
もうすぐクッションのネットショップを始めるわん〜♪
このままでは体がもたない。それに資金も底をついてしまうと知行さんは思いました。 そして、考えました。いくらやったところで下請けでは構造的に儲からない、ってね。 個人客を取りたい!と思いました。それまでは100%下請けでした。 直接、お客さんと接して仕事を取ったことが一度もありませんでした。 知行さんは「脱下請け!で生き抜こうと思ったんだ」と力説しました。 でも、目の前には大きな壁が立ちはだかっていました。仕事がないの。 仕事がまったくありません。それまでは100%下請けだったので営業経験は0です。 腕はモーレツにOKですが、自分で仕事を開拓したことがまったくありませんでした。 人懐っこい方の猫ちゃんです ここでお弁当をご馳走になりました! そのとき摂子さんは、それまでの専業主婦から旦那の仕事のお手伝いに進化しました。 とは言っても、作業もできず専門的な知識もまったくなかったので電話番程度でした。 ある日、摂子さんはふと思いました。インターネットがホームページが使えないかと。 インテリア関係のメーカーは、ネットショップを勝手に安売り店だと思っていました。
いろんなお花が咲いてキレイで〜す
いくら待ったとしても今のままでは仕事は来ない。
だったら、待つんじゃなくてウチを露出しようと。

摂子さんは、まったくのど素人でした。
サイトなんか作ったことはありません。

そう、まったくなにも分からない状態から始めました。
タグなんて見たこともなかったけど速攻で始めました。

そのとき摂子さんは、きっと50歳を超えていました。
でも、摂子さんは根性が座っています。やると決めたらトコトンやり切ります。 さすが日活ニューフェース並みに古い二枚目の旦那を射止めた腕の持ち主です。 「杉山さんね、私はやると決めたらなにがあってもやるの!」と鼻息を荒げました。 続けて「カラオケのときもそうだったの」といきなりカラオケの話をし出しました。 それまでカラオケなどやらなかった摂子さんは、友だちからのお誘いを断ったとき、 「カラオケもよーやらんの?」と罵られました。摂子の怒りの導火線に火が点いた。
歌詞カードをキッチンに貼りました。

おぅ、全〜部覚えたろうやないけぇ、
そう叫びながら何十曲と覚えました。

どうせ歌うんならなんも見ずに歌う!
それが極妻・摂子の粋な仁義でした。

今ではカラオケボックスで、
5時間ほど歌いっ放しです。

それっていいことなのでしょうか?

でも、根性があることは納得です。

0からたった一人で作りました→


なんと年商○○○○万円也!
朝から晩までズッとパソコンとお友だち状態になりました。四六時中べったりです。 とにかくサイトを立ち上げて、ウチらのお客さんを獲得したいんだと頑張りました。 極道になったつもりでやり切りました。自分でもなんで極道なのか分かりませんが、 話の進行上、極道になったつもりで頑張ったことにした方がよりドラマチックです。 その結果、摂子さんが作った自社サイトからの売上げです。(年商)  ・4年前 …  360万円   ・3年前 … 1200万円  ・2年前 … 2400万円   ・昨年度 … 3700万円 今では、下請けのお仕事は1円分もありません。キレイ&サッパリまったく0です。 サイトからのご注文は、多い月では単月で、なんと470万円のときもありました。 脱下請け!大成功です。有言実行とはことのことです。 男のニオイが漂う事務所だぜぃ 常日頃から勉強はしています ちょっと前に古い二枚目の知行さんが、東京のあるマンションの一室に行きました。 特殊なカーテンを取り付けるためです。渋い目線を落としたらギターがありました。 知行さんは「おたく、なにやってるの?」とその家主である若い男性に訊ねました。 その男性は「バンドやってます」と答えました。かなり有名なイケメン歌手でした。 そのイケメン歌手もネットでググって摂子さんが作ったサイトを観て依頼しました。 古い二枚目の知行さんは「ま、頑張って」と押し殺した低音でエールを送りました。 「この業界は古くて昭和の時代と変わらないよ」と知行さんが呆れたように言うと、 「下請けのまま終わっていく奴がほとんどだね」と続けました。すると摂子さんは、 「その気になってやれば、ウチでもお客さんが取れるのにね」と笑って言いました。 決して下請けが悪い訳ではありません。下請けがなければ世の中は成り立ちません。 ただ、下請けのままで満足しない人なら脱下請け!を必死になって考えることです。 岡田夫妻からは、0からスタートしても夫婦で力を合わせれば一人前になれること、 その気になれば、自分たちだけで決着できることを私たちは教えていただきました。
2人目の孫のためにも頑張るわ〜♪
お庭のバラや猫ちゃんたちが大好きなせつこマ〜マは、

“みんな凄いと言うけど私はサイトを作っただけなの”
そう言うと、さらに続けて言いました。

“だから、旦那がいなければ、きっとやっていないし、
 旦那の腕と経験があるからこそ私のサイトが輝くの”

ってね。
生まれたのかな?

今朝(4月3日)ほど慌てて分娩室に入ったと楽天日記には書いてあったけど。
ちなみに、分娩室に入ったのは長男のお嫁さんでせつこマ〜マじゃありません。

いや、本当におめでたいことはこっちにも伝わってきますねぇ。

きっと知行&摂子夫婦は、さらに頑張ってお仕事をすることだと思います。
その証拠に、もうすぐ手作りクッションのネットショップがアップします。

せつこマ〜マのクッション工房(まだ建設中@4月3日)

今のインテリアのサイトは、ネットショップではなくて、
そのページを観てお問い合わせや質問をもらうものです。

しかし今、作っているクッションのサイトは、もろネットショップです。
よりエンドユーザーに近づくためのツールとして日夜、励んでおります。

孫のためにも。

ま、あんまり書くとなんですが、せつこマ〜マが旦那を立ててね。
私に「私はどうでもいいから旦那をかっこよくね」と言いました。

申し訳ありません。

日活ニューフェイスと古い二枚目というのが精一杯でした。
でも、久し振りにみる感じの男気のある粋な二枚目でした。

新横浜駅で迷子になってから約5時間ほど一緒に過ごしましたが、
すっかり親子のようなフレンドリーな関係になりました。だから、

今日、生まれてくるお孫さんのことが気になって仕方ありません。

人生の先輩に肌で接することができて、とっても嬉しかったです。


本当にありがとうございました。またお弁当をご馳走して下さい。


※お孫さんは無事、4日の明け方にバシッと生まれました!
 まるまる太った女の子です。名前は私が付けてもOKよ。