第23号 毛利弥江さん (大阪府東住吉区) 2007年6月12日取材




ここだけの話ですが、私の前世は東シナ海の海底の岩に付着したコケを食う小エビです。
そして、来世は温かい南の海を優雅に漂いながらプランクトンを食うじんべえざめです。

そんな気がしてなりません。

しかし、私の前世はどっかの神社の宮司だと鑑定されました。
だから、せめて東シナ海に一番近い神社だと都合がいいです。

そして、記念すべき第23回目の砂金の人は、運命学鑑定士の毛利弥江さんです。

今回は、前回よりもキレイでしょ!
「そんなことばっか言ってるからな、
いつも杉さんにはバチが当たんねん」

と、私はしょっちゅう言われています。

ちなみに、私にバチが当たったとこを、
見たことあるんかい!とは言えません。

でも「正直に言うてみ」と睨まれると、
「僕がやりました」と言っちゃいます。

「杉さんが上手にウソをついてもな、
私の薬指がピクピクとよう動くねん」

ウソ発見器のような薬指を持つ女です。
かなり怖いけどスポットを当てました。

昨年に取材したときよりも、随分とまともな写真になりました。前回はひどかった。 まぁ、私は心がないから自分以外の被写体はどうでもいいけど、前回は悲惨だった。 ちなみに、これが昨年に取材した内容です…→【第7回】 「いらんこと言うな!」と大阪から呪われそうなので、お話を先に進めます。 今回は、私が先方に出向くんじゃなくて、あっちが岐阜まで遊びに来ました。 6月12日(火)に、岐阜県岐阜市祈年町の抵当権付の杉山邸でお話を伺いました。 後ろは長良川で〜す♪ 隣はヤマで〜す! 昼間だけど、オカルティでしょ! 実の父親から「まるで人形のようにビール瓶で殴られ続けた」という前回の取材は、 とっても反響がありました。昨年の2月14日の楽しいバレンタインデーの日です。 なんでバレンタインにそんな悲惨な話を聴かんとあかんのや!と思ったものでした。 生まれてから現在に至るまでの心の動きを小川のせせらぎのように書こうとしたら、 アマゾン河の大逆流のような怒涛の人生となってしまいました。本当に悲惨でした。 そして、今回はその後に運命学鑑定士となり成長して行く様子をミリ単位で詳しく、 さらに掘り下げて取材しました。本当の幸せについても吐くほどによく分かります。
申し遅れましたが、これらの写真は、
その晩に歓迎をしたときのものです。

カーソルを当てると変わります…→

弥江さんは、14〜26歳まで、
運命学の修行をやっていました。

あまりに辛い自分の運命を変えたい。
同じ境遇の人たちを救ってあげたい。

その思いを胸に運命学鑑定士として、
27歳で本格的にデビューしました。

でも、それまでの葛藤が壮絶でした。
すべては幼い頃の体験が原因でした。


みんなで楽しいふりをしていま〜す♪
とにかくお金が欲しかった。幼い頃から虐待を受けていたので、お金しか信用できない。 お金を稼いだら必ず自由になれる。他人の幸せを奪ってでも自分が幸せになりたかった。 そんな青春でした。高校を出ると上場企業のOLとなりました。その後、不動産会社で 完全歩合制の仲介業をやりながら副業として美容関係の機械を大量に売りさばきました。 儲かる話にはすぐに飛びつきました。Money is All. この英語は正しいのでしょうか。 モーレツに稼ぎまくりました。合法ではないけど違法でもないことならまずやりました。 フツーのOLとは桁が違う現金が預金通帳に入って来ました。すると異変が起きました。 あれだけお金が欲しかったのに、お金がたくさん入れば入るほど空しくなってきました。 お金しか見てなかった。いや、見えていなかった。もうお金など要らないと思いました。 お金が増えれば増えるだけ空しくなり耐えられなくなりました。お金のために働くのを やめようと思った。お金を追いかけることをやめようと誓った。お金なんて欲しくない。 あぁ。。あの鯛、食いたい。。。 こんな状態でも、まだ生きてます! でも、上手くは行きません。そのとき実の父親が倒れました。 お金のために働くのが嫌だったのに働かざるを得なくなったギャップに悩まされました。 死のうと思ったこともありました。でも、返せばきっと楽になると思って頑張りました。 地道に返済するうちに本来あるべきお金の価値が分かってきました。お金はツールです。 お金は目的ではなくて炊飯器を買うための洗濯機を買うための単なる共通のツールです。 お金は、目的にしてはいけないけど否定をしてもいけません。そのことに気づきました。 弥江さんは、軽トラックで粗大ゴミを集めてはリサイクルショップに売りに行きました。 一日でも早く借金を返してとにかく楽になりたかった。本当に寝る間もなく働きました。 「マルチや詐欺の100万円と八百屋の100万円はちゃうで!」と弥江さんは言うと、 「マルチや詐欺の100万円はな、100万円以上の損失となって必ず返って来んのや。 悪銭はなにがあっても身につかへんねん」と悪銭を必死に貯めていた本人が語りました。
ごまとよしかとヤマとミィ〜♪
弥江さんは「いい欲は絶対に必要やで」と言いました。

例えば、お金が本当に欲しいと願っている人なら、
とっくの昔にそれに向かって動いているはずです。

やらない人は口だけで本当は欲しいと思っていません。
それがいい欲ならば、積極的にとことん持つべきです。

持ってNGなのは、単なる我欲です。そう、
自分さえよければという屈折した欲望です。

「ええか、杉さん。我欲が強いとつかみに行くばっかの人生になるで」と言うと、 「我欲がないとな、向こうの方から勝手に入って来よんねん」と目を細めました。 いいお話なのに、とっても怖かったです。 また「幸運の女神に好かれる自分を作ることやで。幸運の女神はな、勝手に来よんねん。 みんな間違うとるのは、チャンスの女神は前髪しかないと思っとることやわ」と言うと、 弥江さんは「女神じゃなくてもな、あんたらでも目の前を通るときつかまれたら嫌やろ! 前髪だろうが後ろ髪だろうがいきなりつかむな!と思わん?な、杉さん」と言いました。 それは、非の打ち所のないとっても心が熱くなる素晴らしいお話でした。 私の目に薄っすらと涙が浮かびました。感動ではありません。恐怖です。
ちょっと変わった我欲もあります。
それは、タダでやってあげること。

相手にタダでやってあげることは、
自分の徳を積むことはできますが、

相手は「ラッキー」と味を覚えて、
欲が深い人間となってしまいます。

だから最終的には、善意が、
悪しき罪となっちゃいます。

相手にタダでやってあげることは、
思いっ切り罪作りなことなんです。

そして、ゆっくりとご覧下さい→

毛利弥江の人生がまるごと書かれています!
弥江さんは、当然、今でもそうですが、お金がまったく無くて困っていたときも、 守銭奴のようにお金を追いかけていたときも、神社や寺にお布施をしていました。 1円でもいいからお布施をしていました。それは、お金を追いかけていたときも、 弥江さんの心のどこかに自分の欲深さを払拭したいという想いがあったからです。 これが定番のシロノワール by コメダです! 生の玉ねぎ以外なら、なんでも食うねん! そして、弥江さんが今までに鑑定した人数は、1万人を超えています。 弥江さんは「人を踏み台にしてでもよくなろうとした自分やったけど、 人をよくしないと自分の運命など絶対に拓けへんねん」と言いました。 1人でも多くの人と出会いたい。1人でも自分と同じような辛い境遇の人を救いたい。 出会った人の心の中をキレイに浄化して1人でも多くの人の不幸の種を取り除きたい。 そういう思いで、これからも数多くの悩める人たちを救って行きます。 現在は、インターネット上での活動が主となっていますが、 今後は「生の毛利弥江」をできるだけ外へと打ち出します。 どんな人でも罪は犯します。いくら償ってみても、 絶対に二度と罪を犯さない人なんていやしません。 「罪はな、犯してもええんやで。人間やから。 そやけどな、できるだけ小さい方がええねん」 取り返しのつかない大きな罪を犯すんじゃなくて、 差し障りの無い小っちゃな罪を散らせばOKです。 弥江さんが放ったこの言葉で、どれだけの人が救われたか分かりません。 幸運の女神を鷲づかみにしようとしたらいけません。つかんだところで、 きっとそれは死神です。幸運の女神に好かれるいい人間になることです。 いい出会いも、いい仕事も、いい人生も、 必ず扉の向こうからやって来るはずです。 自分の人生を掛けてお手伝いしたいと、毛利弥江さんは目を細めました。
また岐阜に遊びに来るからな。覚悟しときや!
死ぬまでに嫌ってほど鑑定したいという弥江さんは、

“本当に欲しけりゃそれに向かってやってるはずや”
 じゃなきゃ口だけの我欲のカタマリやと思うねん。
そう言うと、さらに続けて言いました。

“1人でも多くの人と出会ってそれを教えたいんや。
 不幸の種を取り除いたら絶対に幸せになれんねん”

ってね。
ということで、疲れたけど2回目の取材でした。

まぁ、別に1回だけで完結する必要もないので、
どっちかが死ぬまで続けても面白いと思います。

我が家に向かう日の前日、弥江さんから電話がありました。

「杉さん、車が故障して動けへんねん。なにかの因縁やで」

私は、頼むから災いを連れて来ないでくれと合掌しました。

でも当日、朝一番でトヨタで修理すると、
ほぼ予定通りの時間に来てしまいました。

まぁ、天気がよかったので、岐阜城の見える古い街並みを歩きました。
でも、天気が悪かったとしても、きっと同じ場所に行ったと思います。

岐阜は、そこしか行く場所がありません。

弥江さんとはきっと5回か6回くらい会っています。
だから、この先2年くらいは会わなくても十分です。

だって、怖いんだもん。

弥江さんと一緒に大阪から山崎さんが来ましたが、
こいつはこいつで低い声で葬式の話しかしないし。

しかし、今回の取材でもいいお話がたくさん聴けました。
実際に取材をした時間は、たったの30分くらいだけど。

前回のお話は、幼児期の体験を元に生き抜くことの素晴らしさを描きました。
今回のお話は、辛かった経験をいかに今の仕事に繋げているかを描きました。

どちらにしても私が描き切ったものですので、素晴らしいです。
私は、心がまったくないから被写体なんてどうでもいいんです。

主人公がだれであろうと私が描けば、確実に感動するはずです。

今度は、大阪まで遊びに行くのでよろしくです。2年後だけど。

本当にありがとうございました。間違っても呪わないで下さい。