第24号 白崎健司さん (福井県福井市) 2007年7月23日取材




野菜の中で一番好きなのは玉ねぎで、飲み物の中で一番好きなのはアイスクリームで、
女優の中で大好物なのは鈴木杏樹で、本気で愛しているのがマウス片手のあなたです。

そして、お魚の中で一番好きなのが鯖(さば)です。夏は鰻ばっか食いますが。
魚に青いと書いて鯖。寿司屋に行くと鯖と鯵(あじ)とこはだしか食べません。

すっげぇ安上がりです。一貫が200円以上の寿司ネタを食うと確実に体調を壊します。

そして、記念すべき第24回目の砂金の人は、生さば寿司を売りまくる白崎健司さんです。


自分が食いたいものしか作りませ〜ん♪
白崎健司(♂)もうすぐ39歳。
なかなかのアイディアマンです。

嫌いだ。。

アイディアマンという安いカタカナが、
どうにもこうにも耳障りで虫酸が走る。

だから、なかなかの発想豊か人間です。

2年前。初めてメールをもらったとき、
同じさば仲間という宿命を感じました。

さば、最高ッ!

←カーソルを当てると笑顔を作ります。
さば寿司というのは鬱陶しいくらいあるんですが、生さば寿司というのはここだけです。 だって、健ちゃんが最初につけたからです。そう、社長専属コンサルタントと同じです。 いいですねぇ。そして、鬱陶しいくらいあるそこらのさば寿司屋は、 機械を使って大量に生産していますが、ここは1つ1つ手作りです。 それは、お腹が酢で満たされた状態です。略して、素晴らしいです。 今回は、あっちゃんなるちゃんの3人で福井まで車で一滴増した。 7月23日(月)に、福井県福井市の懐石料理屋「萩」でゆっくりお話をお伺いしました。 澄み渡る青空を背景に美しい看板です! かなりローンが残っております! どうでもいいけど、おっさんが3人も車の中にいるとやかましくて仕方ありません。 喋りたいだけ喋ると疲れてお通夜のようにジッーと窓の外を眺めて黙っちゃいます。 白崎さんは中学を卒業すると東京の割烹料理屋に住み込みで働きました。 そこで3年間ほど働きました。なんと給料は13万円もいただきました。 そして、地元の福井に戻ってきたら月給5万円でした。これではダメだ。 徹底的に福井が田舎だといっても、これではとても食ってはいけません。 困ったときの佐川急便です。そう、飛脚として福井県内を朝も晩も必死に走り回りました。 仕事中、国道沿いに1つの看板を見つけました。サークルKのFCを募集する看板でした。
速攻でサークルKを始めました。
白崎さんが23歳のときでした。

それから38歳まで続けました。
2年間ほどボロ儲けしましたが、

それは使う時間がなかったからです。
しかし、34歳のときに使いました。

今の懐石料理屋「萩」を作りました。
だから、サークルKと懐石料理屋を

同時に経営していました。立派です。
でも、サークルKの他店がやたらと

乱立してきたのでやめちゃいました。


絶品のお寿司たちと手作りのおしょう油です♪
白崎さんが、サークルKと懐石料理屋の2つを経営していた血気盛んな頃は、 5年ごとに1つずつ事業を増やして会社を拡大していこうと思っていました。 ベンツの助手席に愛人を乗せて琵琶湖までドライブすると鮒寿司を食うのが目標でした。 思えば、おバカな目標でした。今ではできるだけ人は雇わず業種を絞ろうとしています。 しかし、私はベンツも異臭を放つ鮒寿司も要りませんが、ピチピチの愛人は欲しいです。 だって、素直に生きなくっちゃ!だから、懐石料理屋では地元の福井県人しか来ません。 このお店のよさを活かし、できるだけ多くのお客さんを限りなく少ない人員で掴みたい。 そんなことを考えまくりました。その結果、ひねり出した答えがネットショップでした。 オシャレな入り口ですねぇ〜 この部屋で鶴太郎さんが絵を描きました! それまでネットショップについての知識なんてありませんでした。だから、白崎さんは 書店に行ってHTMLの基礎知識っぽい本を大量に買うとたった1人で作り始めました。 今から3年前の36歳の頃です。それが今では、月商250万円のサイトになりました。 今までに延べ1万人の生さばマニアに喜んでいただいております。本当に立派な男です。 運も味方をしてくれました。一昨年の12月には、あのワールドビジネスサテライトで 白崎さんのサイトが紹介されました。その前月まで少しも売れなくて困っていましたが、 放映されたと同時に1時間で200件以上の注文が殺到しました。でも、作れへんがね。 しかし、白崎健司は頑張った。必死に作り続けました。この状態が2週間も続きました。 それ以来、多くのテレビ番組や雑誌などのマスコミの取材が相次いで売上げも好調です。 すると鶴太郎さんKABA.ちゃん吉岡美穂さんなどの芸能人がお店へと来ました。
これ、でっかいまな板なの♪
たしかに、運も神風っぽく味方をしてくれましたが、
それは、白崎さんがサイトを地道に作ったからです。

HTMLどころかネットショップの「ね」の字も、
まったく分からない状態から作り上げたからです。

だから、テレビに映ったり雑誌の取材を受けたり、
個性的な芸能人がお店まで来るようになりました。

要は、やったかやっていないかの差だけなんです。

すると熱いお茶を飲み終えた白崎さんが「僕は職人じゃないからですよ」と言いました。 非常に話の展開がわざとらしいのですが、私は「どういう意味なのよ?」と訊ねました。 たしかに、白崎さんは中学を卒業すると東京の割烹料理屋で働きました。 当然、ちゃんとした腕前は持っていますが、決して職人ではありません。 白崎さんは「職人は間違ってもネットショップなんかやろうとはしませんよ」と言うと、 真顔で「それに職人の作り方は、自分のこだわりを貫くから嫌いですね」と続けました。 だって、作るのは宮大工みたいなプロでも、食うのはど素人なんだから、 ど素人が食べて美味しい!楽しい!と思うことを提供するのが普通です。
職人は必ず包丁にこだわりますが、
あんなものは切れりゃいいんです。

白崎さんは、そう言い放ちました。
包丁でお客さんが喜べばいいです。

でも、包丁を見て喜ぶお客さんは、
どれだけ探しても見つかりません。

感覚が、頚椎のようにズレてんだ。
だから、きっと生き残るためには、

職人にならないことだと思います。
相手は100%ど素人なんだから。

そして、ゆっくりとご覧下さい→

とにかくモーレツに美味いです!
白崎さんは「10人中、5人が美味いと言って、その5人の中の2人が、 ちょっと味を変えてと言ったら、すぐに味を変えますよ」と言いました。 職人の多くは、きっと変えないと思います。また、変えることができないと思います。 平安時代の味が今でも通用する訳ではありません。時代が変われば味も変わるんです。 ピッカピカの厨房です。パーフェクトです! 割烹料理屋の事務室に5台のモニターがあります! その時代に合わせないと生きていけません。伝統がある老舗になればなるほど、 その時代時代に必ず合わせているはずです。人の味覚は時の流れと比例します。 だから、基本通りにやっていては絶対に生き残ることはできません。 基礎などだれでも知っています。問題は、臨機応変にできるかです。 案の定、職人は基本を大切にします。そして、そこから脱却しようとしません。 だから、職人が経営する多くのお店はボコボコと音を立てて潰れていくんです。 白崎さんは「商売を一日でも長く続けていくためには謙虚が一番ですよ」と言うと、 「謙虚というのは、我を通さずに絶えず時代に合わせることですよ」と続けました。 でも、その後に「本当のことを言うとサラリーマンが一番いいですよねぇ」と笑い、 「起業をすると10円単位で細かくなる自分に嫌気が差しますよ」と爆笑しました。 ま、たしかに独立をすると人間が小さくなったように自覚をするものです。 スーパーに行けば、トイレットペーパーの値段がきっと気になるはずです。 「でもね、ここまで来たからには、生さば寿司を全国に広めまくりますよ。 さばが好きな人ならだれでも知っているようなお店にします」と言ったね。 そう言っちゃいました。私はそう聴いちゃいましたので、 そうなってもらおうじゃありませんか。そして、最後に 「人間には媚びませんが時代には合わせます」と、白崎健司さんは謙虚に笑いました。
妻です。こんな主人ですが、よろしくお願いします!
包丁にこだわっても味は変わらないと言う健ちゃんは、

“職人は、自分が作りたいものしか作らないからダメ”
そう言うと、さらに続けて言いました。

“お金を払うお客さんが食べたいものを作るのが常識。
 基本をいかに上手く応用するかが商売のコツですよ”

ってね。
生ものを加工せずにそのまま出せば儲かると思いますよね。
しかし、それがまったく違います。生ものは儲かりません。

スーパーの魚売り場の魚って100%消毒液が吹き掛けられています。
たしかに、人に害がない消毒液だとはいっても薬品には変わりません。

冷凍物は冷凍庫でズッと眠っているから腐りません。
だけど、白崎さんは冷凍物は一切、使っていません。

徹底的に不味いからです。白崎さんは、
自分が食いたいと思うものを作ります。

間違っても、作りたいと思うものを作る訳ではありません。
ここ、絶対に試験に出ます。というくらいのポイントです。

いきなりですが、「全国生さば寿司普及委員会」という組織をご存知でしょうか。
文字通り、生さば寿司を全国に普及させる胡散臭い委員会です。委員長は僕です。

たった今、生さば寿司を私のサイトでも販売できるようにとページを制作中です。
8月10日(金)の午前10時にバシッとオープンするのでちょっと待ってくれ。

久し振りに福井にいきました。海がキレイでした。30分で飽きたけど。
2年前に白崎さんから初めてメールをもらったときに宿命を感じました。

同じ「さば」ということで。一瞬、ライバル意識も芽生えましたが。
それが今では、こうして取材をするまでの「さば友」になりました。

ご縁ですねぇ。

また福井まで遊びに行きますが、おそらくあと2年後だと思います。

本当にありがとうございました。絶品のランチをご馳走さまでした!