第28号 遠藤浩一さん (青森県三戸郡) 2007年11月08日取材




47都道府県の中で、おそらく訪れることのない都道府県は青森県です。
だって、なにも用事がないのにわざわざ行きたくなることはありません。

第一、東北は北海道に行くときに飛行機の中からのぞいて見るだけです。
それで十分に堪能できちゃうから東北はとっても素晴らしいところです。

そして、記念すべき第28回目の砂金の人は、雪が舞う青森からやって来た遠藤浩一さんです。

思いのほか、明るくて行動的な古い二枚目です!
遠藤浩一。45歳でB型。×1。
職業は、典型的なサラリーマン。

見てやって下さい、この笑顔。まるで、
日活ニューフェースに合格したような

あどけないレトロな二枚目です。でも、
よく見るとビッグフットの足跡みたい。

高橋英樹を思いっ切り2〜3発殴って、
江守徹をトッピングしたような顔です。

縦に長いだけじゃなくて厚みもあります。
言葉は、なぜかなまっていませんでした。

遠藤さんの45年間にズームイン!です。

最初に言っておきますが、私がわざわざ青森県まで行った訳ではありません。 遠藤さんが「愛知県の友人に会うから寄っていいですか?」と言ったんです。 俗に言う、寄ったついでってやつです。だから、今日は好き勝手に書いてやります。 11月8日(木)に、JR岐阜駅に近いコメダ珈琲で飲みながらお話を伺いました。 大都会の摩天楼です 明日の朝には、完璧に埋もれています ちなみに、飲むといってもメープルシロップだけど。そう、遠藤さんは青森生まれの 青森育ちなのにアルコールは一滴も飲めないんです。でも、宴席は大好きみたいです。 そんなことよりこの風景。青森の街中です。12月にもなっていないのに雪景色です。 私には住めません。皮膚の汗腺の数が東海三県バージョンなのでまず適応できません。 八甲田山で遭難しても2〜3日くらいはもつようにと、遠藤さんは大きな顔に栄養を 蓄えているのでしょう。青森のみなさん、面白く書きたいだけなのでお許し願います。
遠藤さんは地元の大学を卒業すると、
ある会社に入って全国を回りました。

6年間ほど全国の土木現場を回って、
その地場の風習などに馴染みました。

なまっていないのはそのせいでした。

しかし、転勤がちょっと激しいし、
めでたく結婚することが決まって、

その会社を退社しました。そして、
次に入った会社がこの会社でした。

なんとその業界では青森県一です。
一は、マイナスじゃなくて1です。
青森県では、ナンバー1の会社なんだよ!
今から18年前に入社したこの中で、自分の立ち位置をどこに置こうかと考えました。 そして、だれもやっていなくて自分にできることをやろう!と遠藤さんは決めました。 それが、CADでした。当時、立派な機械が会社の隅っこに眠っていました。しかし、 所詮は機械。眠っていたといってもグーグーといびきをかいていた訳ではありません。 物理的にそこに放置してあったということです。新入社員の遠藤さんは、嬉しかった。 放置してあった機械と向き合いました。なんと顔の大きさと機械の長さが同じでした。 それがお互いを引き合った要因でした。遠藤さんは、モーレツにCADを覚えました。 そして、その会社ではなくてはならない存在となって今では毎晩11時まで残業です。 これが、憧れの白乃悪! いただきま〜す♪ がぶッ! 男・遠藤浩一は疲れました。が、仕事に燃え尽きる前にあるメルマガに出会いました。 普通ならここで私の登場ですが、違うんです。彼は、ナカタの大ファンだったのです。 私は、シロノワールを前にボー然としました。と同時に凹みました。信じられません。 震える手で珈琲を飲むと「あいつ、変態だよ」と遠藤さんに正面から語り掛けました。
青森の人間は、365日サンダル履きなの。。。
すると遠藤さんは、あろうことかこの私に向かって、
「僕は大好きです」とリンゴのように紅潮しました。

青森県人のDNAです。続けて「彼女のメルマガに
出会ってなければ杉山さんとも出会ってませんよ」

そんなことを真顔で言いました。遠藤さんと私とは、
変態が取り持つ縁だったのです。さらに凹みました。

友人と会うついでに岐阜に寄って変態のお話ですか。

ご縁とはなんだろうか、私はふと思いました。すると「杉山さんも好きですよ」 と彼はシロノワールを食いながら呟きました。しかし、あくまでも「も」です。 「ナカタさんのメルマガを読んで息子といい距離が保たれるようになりました」 遠藤さんには、中1になる息子さんが1人います。私は、上の空で訊ねました。 「私とナカタが長良川で溺れていたらどっちを先に助けます?」と私が迫ると、 「ナカタさん」と彼は答えました。青森にお帰り!私は、心の中で叫びました。

遠藤さんは、26歳のときに
5つ下の女性と結婚しました。

愛しい1人息子の祐輔君にも恵まれ、
青森なのに温かい家庭を築きました。

そして、崩落する地盤のように、
あるとき家庭は崩れ去りました。

祐輔君が、まだ小1のときです。

幼い息子を前に、2人は離婚という
最後のカードを引く決心をしました。

南部煎餅の下が、超不気味です→


すっげぇ硬い煎餅の下に不気味なサイトです。。。
2人は、息子に「青森に残るか東京に行くか、どっちか選びなさい」と言いました。 まだ、ひらがなも満足に書けない息子に人生の選択を迫りました。時間がなかった。 青森と言えば父親と、東京と言えば母親と暮らすことになります。一言で決めます。 幼い息子の口から出た最初の一言が人生を共にするどちらかとなるんです。そして、 青森でした。遠藤さんは嬉しかった。しかし、母親ともいい関係でいて欲しかった。 今では年に1回、祐輔君は1人で母親が暮らす東京へと新幹線に乗って出掛けます。 僕、青森が大好きです! おぉ!じっちゃんです! ちなみに、さっきから東京と東京と言っていますが、正式には埼玉です。青森から見れば、 東京も埼玉も同じようなものです。私が「小学生には本当に辛い選択でしたね」と言うと、 遠藤さんは「人生は選択の繰り返しだから構いませんよ」と答えました。なんか立派です。 また続けて「うちの息子には選択肢をたくさん与えたいです。いいのでも悪いのでも」と、 目の奥で微笑みながら言いました。そして、こんな遠藤さんにも1つの信念があるんです。 それは「今しか考えない」ということです。将来のことは1cmたりとも考えない人間です。 今が楽しいかどうかだけが問題です。今の自分がとっても大好きです。 今が楽しいのは、過去が正しかったからだと遠藤さんは信じています。 選択さえ間違うことがなければ、今日は楽しいはずです。 そして、今日が楽しい日ならば、明日も楽しくなります。 遠藤さんは、今を楽しく生きるために、祐輔君には多くの選択肢を与えたいと言いました。
心温まる親子で〜す!
雪が降っても365日、サンダル履きの遠藤さんは、

“息子が中1になった今でも毎朝ハグしていますよ”
そう言うと、さらに続けて言いました。

“父親として今を大切に生きることを教えたいです。
 そのためにはたくさんの選択肢を与えてあげたい”

ってね。
真ん中のナカタのメルマガに関しては、遠藤さんの
息子の話題に入るまでの単なる呼び水で終わりです。

東北版『クレイマー、クレイマー』です。

そう、父親と息子の心温まる交流を感じていただけましたでしょうか。

私は、今回の取材を通して親と子の絆というものを見つめ直しました。
そこで、祐輔君にはちょっぴり酷な質問をメールに認めて送りました。



今回の記事をどう立て直していいのか分からなくなってしまいました。

今、青森は寒いから、文字を間違えてしまったのでしょう。
おそらく「お父さんが大好きだから」と書いたつもりです。

そうに決まっています。そうじゃないと今までがパーです。

祐輔君が成人になっても毎朝ハグする父と子でいて下さい。

それって素敵じゃないですか!

本当にありがとうございました。南部煎餅は硬くて食えませんでした。