2013年07月31日(水)一覧

生ビール1杯と5皿が限界だったはま寿司

ここだけの話だが、車検のために車を届けに行った帰り、本巣郡にあるはま寿司へ引き込まれるように入った。そこだけの話だが、生ビール1杯と5皿が限界だった。そっちだけの話だが、学生時代は1日5食でとんかつばっか食べていた。あっちだけの話だが、弁当箱を開けると見事な茶色だった。そんな私がだよ、5皿で吐くほど満腹になったんだ。もう死んだほうがいいかもしれない。愚か者め、私は絶対に死なん。名探偵はコナン。124歳まで生き続けてやる。13年前、中途半端に値打ちな占い師に寿命を占ってもらったら予想をはるかに下回る年齢だったので124歳で手を打ってくれと言って1000円余分に払ったんだ。いいかい、マジで。私は占い師さえも自由自在に操ることのできる中年Hだ。ちなみに、少年Hをパクったもので変態中年という意味ではないので念のため。だから、124歳まで生き続けないと1000円も損するんだよ。しかし、食べられない。5皿目のアジを食べているとき、私の左横を一定の速度で回っている寿司がすべて生ゴミ以下に見えた。

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第1968滴 ~ご愁傷様の社長たち

社長になったんじゃない、社長になってしまったんだ。
社長になれたんじゃない、社長にしかなれなかったんだ。

いずれにしても、あなたはジャンケンに負けたんだよ。

それも後出しジャンケンだったのに・・・。

とってもご愁傷様です。

そこで勢いついでに言うが「社員に認められよう」とする社長が真夏の夜の
電灯に群がる昆虫の如くたくさんいるが、そう思った時点で社長不適格者だ。

社員くんだりに理解され、認められる程度の能力ではとっくに終わっている。

そう思わないかね、木下君。

社員が「それって何!???」と首を傾げるような策を練られないようでは
5年先どころか明後日の晩御飯でさえも食べられるかどうか分からない。

だからといって決して社長が特権階級で立派だということではない。
社長と社員(サラリーマン)とでは、ステージが違うということだ。

ただ、何が違っても構わないがベクトルだけは統一しなければそれで終わる。

会社を仲良しの集まりのハーレムにしたいと願う社長は多いが、
社員はそんなことなど望んではいない。いい加減に目を覚ませ。

┏┓
■┛ 今日の満足度: 砂漠が渇水 ←… ★★☆ …→ 砂漠が満水
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☆☆☆…無気力 ★☆☆…中の下 ★★☆…中の上 ★★★…絶好調

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一┃筆┃後┃記┃
━┛━┛━┛━┛

それが正解かどうかは別にして、社員が思いも寄らない発想ができなければ
社長でいる資格はないし、この先、会社自体もままならなくなるだろう。

だというのに、社員に来期の計画を立てさせたり、
意見を聞くという社長がほとんどだ。その時点で終わっている。

また、ちょっとでも認めてもらいたいという社長が実に多いねぇ。
そんなに孤独で寂しいのだろうか。

だったら、社長なんかサッサと辞めてしまえばいいのに。

では、また次回、お会いできるのを楽しみにしています。
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galerie chou chou-A の絶品オムレットで暑気払い(岐阜県大垣市)

吐くほど猛暑の中、気分転換を兼ねてギャルリ・シュシュ・アーまで出掛けた。

白いカウンターの目の前でオムレットを作ってもらった。至福のひとときだった。

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『半沢直樹』と『水戸黄門』の相関関係

午前3時から録画してあった『半沢直樹』を一気に観たが痛快で面白い。原作者の池井戸潤は、岐阜県八百津町の出身で私の1つ上だ。おそらく昔、美濃加茂市内にあるブロンコビリーのサラダバーですれ違っただろう。また、JR美濃太田駅で釜飯を販売するおじさんはきっと学生時代の彼を見ているはずだ。それくらい田舎なんだよあっち方面は。岐阜市と八百津は東京で言えば新宿と小笠原諸島くらいの差はある。だからなんなんだよ。『水戸黄門』が大好きな日本人には勧善懲悪主義は確実にウケる。また、単なるいい人だけではなく「やられたら倍返し」というハムラビ法典っぽいキャッチも実に小気味いい。さらに東京ではなく大阪を舞台にしたところが超ニクイ。映画の出来不出来は脚本と監督で95%決まるが、このドラマの演出もなかなかのもんだと思った。そこで全国にいる半沢直樹に言いたい。同姓同名だからといってキサマが優秀というわけではない。勘違いして調子に乗るんじゃねぇぜ。

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腐っても鯛

会社を辞める理由の多くは、仕事内容ではなく人間関係というのは周知の事実だ。では、人間関係とは何なのだろうか。「今日は29日だから30番の前田、答えてみろ」「えー!先生、なんで30番なの?」という嫌がらせを受けた生徒は結構多い。社内に仲の良い同僚がいればいいのか?懇意にしている顧客があればいいのか?答えは、高木ブー!違いますよね。人間関係というのは「期待する人がいる」「期待してくれる人がいる」の2つを言う。このどちらか1つでも存在すれば首の皮一枚つながることができるのだが、両方とも失うと辛いことになる。ただ、それは人間関係の中身を知らなかったからで、この2つが原因だと知ることにより「期待しない、期待されない」を積極的に受け入れてみてはどうだろうか。それで割り切ることができれば、これほど楽なサラリーマン人生はない。ただ、それに耐えられる人間は佐渡島のトキの数より少ない。バカな連中のために死ぬことはない。最後は辞めれば済む話だ。

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理不尽な猛暑と戦うビーフカレー

先日、永井が送ってくれた玉ねぎとじゃがいもでビーフカレーを作った。ちなみに、ビーフはこちらで用意した。そーいうところがあいつの惜しいところで、今ひとつ私からの評価が伸び悩んでいる。どう見えるか知らないが、こう見えても私は自分に利益をもたらしてくれる友人だけは50万円以上の有田焼並みに大切にしている。私は、そーいうヘドが出そうなほど嫌味な男なんだ。なぜこのように自分で自分を極悪人のように言うのか分かるかい?それは「わざわざそんなこと言う人って本当はいい人なのよね」と思われたいからだ(※1)。あ、この言い回しって前にも使ったようなそんな気がする。いいんだよ、どうせネタも幼稚でボキャブラリーも少ないのろまな亀なんだから。なぜこのように自分で自分のことを卑下するのか分かるかい?(※1をリピート)。パトラッシュ、もう疲れたよ・・・。今日はモーレツな暑さでキョーレツに体がだるいのでルーベンスの絵が目の前に現れる前に、寝る。

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HANA-BI

今日の私は歴史的に機嫌が悪い。6時間前に「郡上八幡まで流しそうめん食べに行かない?」と友人から電話で誘われたからだ。な、流しそうめんだとぉおお!”当然、断った。竹樋に流れてくるのは他人の唾液にまみれたそうめん。ひょっとしたら他人の箸に引っ掛かったものがすり抜けて流れてくるかもしれない。想像しただけで右腕が鳥肌で左腕が鮫肌になりそうだ。もし仮に私が行くとすれば、必ず一番上の上流か、熟女または熟々女と2人きりのシチュエーションしかあり得ない。誤解しないで欲しい。私は郡上八幡をこよなく愛している。春先のスギ花粉と真夏の郡上踊りさえなければ住みたいくらいだ。人ごみが苦手なので郡上踊りは国府宮のはだか祭の次に生理的に受け付けない。また、その友人を恨んでもいない。そんな誘いを受ける自分の未熟さに腹が立ったんだ。人ごみが嫌いだから今、長良川の花火を自宅から見ている。今宵はジョン・コルトレーンが奏でるサックスの甘美な響きに身も心も救われた。

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メインディッシュは浅漬け

昨日は濃い目の食事だったので今日だけはあっさり系で済ませようと思った。

浅漬け。ちょっと極端にあっさり系だが量を食べれば間違いなく満腹になった。

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プントミーノの牛フィレ肉とやまもものデザートで満腹(岐阜県美濃市)

ちょっと遠出をして美濃市のプントミーノでいつもよりリッチなランチを堪能した。

若鶏の肉も捨て難いが牛フィレ肉はもっと捨て難かったので速攻で注文した。

生ビールが喉に引っ掛かる。こうなったら死んだほうがマシかと思ってしまう。

〆のデザートはやまももとラムレーズンのバニラアイスクリームで絶品だった。

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久しぶりの納豆・オン・ザ・ライス

久しぶりの納豆・オン・ザ・ライス。思い起こせば1ヶ月前、健康診断の結果を良くしようと画策し1週間ほど続けて納豆を食べた。それにより採血時に倒れたことは3分前のことのように記憶に新しい。それ以来、軽いタイガー&ホース状態となり納豆を口にしていなかった。そう、トラウマだ。ただ、誤解しないで欲しい。決して納豆が悪いわけではない。納豆を偏愛し、全幅の信頼を寄せ過ぎた私のミスだ。48年間で唯一のミスだ。納豆を箸で時計回りに混ぜるのが私のルールだが、今日は初めて反時計回りで試みた。ふ、まだビビってるな。そのとき私の形の良い前頭葉にセルジオメンデス&ブラジル66の『マシュ・ケ・ナダ』が流れた。「Mas Que Nada(おい、どうしたんだい)」と。今日も蝶の舞いの如く美しく決まった。だが、本当にこのような意味なのかどうかは知らん。

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