所詮、伊勢うどん

今朝、我が家の生き残り方講座を娘たちに披露した。「踏み切りの遮断機が下りてきたとき線路内で人が倒れているのを確認した。さぁ、どうする?」私は、見て見ぬフリをする。だって、それが正解だから。美談は小説の中だけで十分だ。その代わり私が倒れていてもそうしてもらえばいい。だから私が踏み切りを渡るときは命懸けなんだ。中途半端な善意を植えつけられるから、いざとなったときに誤った行動に出るんだよ。また、君たちが川で流されたのを確認しても私は飛び込まないと娘たちには言ってある。だって、それが正解だから。全員が死ぬのと誰かが生き残るのとでは雲泥の差だ。悲しいのは当たり前だ。泣いて時間が元に戻るなら50リットルでも泣いてやる。でも、それで解決することは何もない。そこんとこを今のうちに徹底しておくとトッサのときの判断に迷いが生じなくなる。ただ、実際にそのときが来ればどうなるかは分からない。で、あろうことかパパが力説しているのに肝心の娘たちは半分寝ていた。