忠節橋くらいは曲げられないと何の意味もない

話せばわかる犬養毅、やればできる松岡修造、しばし待て、きっとそのうち誰かやる杉山弘道。はい、そんな自分が大好きです。当然、この僕の生き方が一番長生きできるよね。大昔だが、かといってジュラ紀や弥生時代なんかじゃねぇぞ、この野郎。あるセミナーでスプーンをグニャグニャに曲げる講師がいた。お察しのとおり「あなたもその気になればスプーンを曲げられる!」ということが言いたかったのだろう。ハハハ、いるよねぇ~♪こーいう安っぽい講師。そのとき僕は「で、スプーンを曲げてどうするの?」と思った。スプーンだから曲がったんだし、長良橋はきっと曲がらないだろうし。長良橋や金華橋を曲げられなかったら実践では何の役にも立たんだろ。せめて忠節橋くらいは曲げろよな。ただ、この主張は少数意見であり、多くの凡人たちは曲がったスプーンを見て「おぉ~!すっごい!」と本気で感心していた。そして僕は「こんな連中をだますことなど超簡単。世の中、すっげぇ甘いぜ」とほくそえんだものだった。