似非ハーバード流「一流の定義」について語ろう

一夜にして冷戦状態は旧ソ連vs.アメリカから日産vs.ルノー程度までに軟化した。う~ん、それって激化か?この際、まあいい。今夜の我が家の食宅に笑顔はない。ほら、ご覧。今日の晩ご飯は昨日の残り物のカキをこれ見よがし&てんこ盛りにしたカキご飯だよ。この物理的な当て付けっぷりが実にいい感じにクールですねぇ。晩秋の琵琶湖の水温と同じくらい冷えている。この険悪な空気の中でも気高い僕は「一流の定義」について語ろう。ある有名な司会者は睡眠欲が凄まじく、1分でも余分に寝ていたいタイプで「布団から出て3分以内に仕事に取り掛かれますよ」と自慢げに言った。すると取り巻きたちは「さすが一流の司会者は違いますねぇ」と激賞した。一方、何事にも慎重かつ繊細で神経質を絵に描いたようなある大物の司会者は「3時間前から現場に入って準備します」と言った。すると取り巻きたちは「さすが一流の司会者は違いますねぇ」と激賞した。結果発表!鈍感力を絵に描いたような君たちでもさすがにもうお分かりだよね。要は、一流の定義なんてどこにも存在せず、一流の者がルーチンにしていることが一流になるハードルだと周りが勝手に思い込んでいるだけだ。

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