真っ昼間のサイゼリヤで心豊かに生きる方法

魂(たましい)と塊(かたまり)は明日の一卵性双生児のように似ている。「心のない杉山さんでも魂はあるのでしょうか?」。知らんがな。念のために言っておくが、僕が僕のことを「心がない」と言うのはOKだが赤の他人から言われると2リットルくらいの殺意が込み上げてくるのは仕方ない。そして、サイゼリヤの味がそこそこなのも仕方ない。うん、さすがに毎週のように続けてサイゼると山椒とローズマリーの違いも分からない致命的な味覚オンチの僕でも飽きてくる。ふ、サイゼリヤ、サイゼるとき、サイゼれば、あなたってサイゼリヤは・・・。そこでだ、心のないこの僕が心豊かに生きる方法を酔った勢いで教えてあげよう。いくら学校帰りの高校生で満席になるくらい安いからと言って最低限のテイストは望みたい。バカ。そんなことをサイゼリヤに求めるから心豊かな人生から遠ざかってしまうんだ。何かを求める君たちがいる。求めた結果が予想を上回ると喜ぶが、その逆に下回ると凹む。だよね?何かを求めるからその差異に一喜一憂する。何も求めなきゃほぼ心豊かだ。

だから、そんなことはどーでもいいんです。その後、横しまな男の弘道は『敷島珈琲店岐阜駅店』で神秘的なモンブランを熱い珈琲で地道に押し流した。今まさに、白ワインと栗たちのマリアージュ♪

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

コメント

  1. 飯田ヨシ子 より:

    「そんな値段でそこそこの味のエスカルゴを食っていて、文句言うんじゃねぇ!」って言われちゃうよ。私も・・・そのエスカルゴ、好き。

    • 砂漠王 より:

      ヨッシー、頭が痛くなるくらい飲んで性格がさらに悪くなるくらい食べて、2人で2900円だお。
      軽い食中毒にかかるくらいなら文句も言えない金額だね。
      まったくいい時代だぜ。