日帰借景一覧

想像を掻き立てるワクワク感を味わった安土城(滋賀県近江八幡市)

「生まれ変わったら滋賀県民になりたい」とは思わないが、11番目に好きだ。

ちなみに、8番目が石川県で35番目は和歌山県だ。安土駅に初めて降りた。

レンタサイクルを使おうか歩いて行こうかと悩んでいるうちに安土城に着いた。

信長らしいと言えば信長らしいが、石仏まで大手道の石段に用いられていた。

信長公本廟、つまり信長の遺品などを埋葬してある場所だ。少し涼しかった。

そのような場所の前にスタンプ台が設置してあるのもどうかと思ったが押した。

想像を掻き立てる天主跡。なぜか安土城だけ「天守」ではなく「天主」と記す。

確実に信長も眺めた絵だが、「←スズメバチの巣注意」という看板にびびった。

山の中腹には、その当時から建っていた荘厳な三重塔が静かに垣間見えた。

二王門も当時からのものだが、夕暮れは怖くて98%私は歩くことはできない。

その後、燦燦と降り注ぐ紫外線を全身に浴びながら「信長の館」まで歩いた。

館に入るや否や立派だった。「これが現存していたら…」と感慨に耽っていた。

せっかくなので文芸の郷レストランで「安土御膳」を食べたが今ふたつだった。


飯田線の電車内に85分間も閉じ込められた長篠城(愛知県新城市)

期限も近づいてきたことだし、最後の青春18きっぷを使って長篠城へ行った。

快晴の土曜日ということもあり、本丸周辺には満開の桜を見物する客がいた。

27歳くらいの2人の女性が「長篠の戦い」について真剣な表情で話していた。

豊橋へ帰る途中、飯田線ゆえのアクシデントで85分間も止まったままだった。


西本願寺と二条城と寺田屋と伏見稲荷大社の一日(京都府京都市)

来週から社会人となる次女との約束を果たすために鈍行で京都へ向かった。

乗り継ぎの米原できつねそばを食べた。娘は揚げが嫌いなので2枚となった。

京都駅に着くと歩いて西本願寺へ向かった。死ぬまでに飛雲閣は訪れたい。

船越英一郎がお勧めのヤオイソで娘にいちごづくし(1575円)を食べさせた。想定外に高かったので私は我慢してグレープフルーツジュースだけ注文した。

「平日なのに珍しく修学旅行生がいないな」と思ったら、今は春休み中だった。

スタンプ台に置きっ放しのせいか、極めて状態がよくない公式スタンプだった。

新撰組が大好きな娘が「どうしても行きたいぜよ」と言うので寺田屋へ行った。

「7000円くらいで泊まれるけど今度は泊まる?」と聞いたら「微妙」と答えた。

2駅戻って伏見稲荷大社を参った。千本鳥居は圧巻だったが膝と腰が笑った。


ガストと忍者屋敷と伊賀上野城と芭蕉翁生家の一日(三重県伊賀市)

忍者好きの次女が伊賀上野城と忍者屋敷へ行きたいと目で訴えかけてきた。

さっそく春の青春18きっぷを行使した。花粉が舞う中、2時間くらい揺られた。

駅には11時58分に到着した。少し歩いた通沿いのガストでパスタを食べた。

忍者好きの娘が目を輝かせながら忍者屋敷へ向かったが、私の興味は薄い。

何がそんなに嬉しいのか疑問だったが、とにかく満足しているようで何よりだ。

そう言えば、約2年前に訪れたとき「もう3年は訪れないだろう」と言っていた。

忍者屋敷に続き、伊賀上野城もほぼ貸切状態で徹底的に得した気分だった。

十分に堪能したし、他の城めぐりを優先したいのでもう3年は訪れないだろう。

娘に「ジャンプしてみたら?」と言ったら本気でやろうとしたので焦って止めた。

松尾芭蕉の生家も私たちの貸切状態だった。芭蕉は忍者だったのだろうか?

真剣に疲れた。今月中は何でも付き合うという約束だったのでとっても忙しい。


八甲田山の如く雪山の中を孤独に歩いた岩村城(岐阜県恵那市)

越年することなく、今日で青春18きっぷを使い切ろうと恵那方面へ向かった。

乗り継ぎの美濃太田へ向かう列車内で巨大な弁当箱を抱える高校生を見た。

日本で最も急勾配にある明知鉄道の飯沼駅辺りから岩村駅までを撮影した。

岩村の城下町は薄っすらと雪が残っていて肌を刺すような冷たい空気だった。

スタンプを押す際、右上に力が入っていないようなので次回から気をつけよう。

この時季は大丈夫だとは思っていても凶暴化されたイラストに本気で震えた。

日本三大山城だけあり、勾配のある山道を800メートルも登ると息が切れた。

とにかく熊と遭遇しないことだけを祈って本丸まで登城した。問題は帰り道だ。

物理的に孤独だった。猿や鹿もいなかったので360+90度の絶景を収めた。

ダッシュで麓まで駆け下りた。安堵したせいか異常な空腹感に襲われたのでうどん処みつばのBランチを一気呵成に食べた。熱々のおでんが絶品だった。


半世紀に一度の姫路城(兵庫県姫路市)と明石城(兵庫県明石市)

まだまだ残っている青春18きっぷ。片道4時間近く掛けて姫路駅に到着した。

駅からの途中、アーケード街の外れにある中華料理店で中華そばを食べた。

肌を刺すような冷たい風の中で大修理中の姫路城大天守をしばし見上げた。

すると首が疲れた。見事な石垣に頬擦りをしたくなったが理性に打ち負けた。

「天空の白鷺」で50年に一度の大天守の大修理を8階から順番に見学した。

7階では、大修理で発見された「幻の窓」を確認できた。長生きはするものだ。

1000本の桜が開花する4月はさぞかし素晴らしいことだろうと感慨に耽った。

だからこそ、人ごみが異常に苦手な私が4月に訪れることはないと確信した。

姫路駅から帰る途中、明石駅で下車した。約4ヶ月ぶりの明石城を再訪した。


泣くに泣けないので近いうちに再度訪れたい篠山城(兵庫県篠山市)

青春18きっぷを使い、片道4時間掛けて篠山城へ行ったのはいいが、肝心の写真を誤ってすべてデリートしてしまった。誰に八つ当たりをすればいいのか。

本気で泣いた。たまたま動画だけYouTubeにアップしていたから助かったが。

今、不可解な工事で家が揺れているので水道局にクレームの電話を掛けた。


駿府城(静岡県静岡市)と掛川城(静岡県掛川市)の間のJR金谷駅

冬季の「青春18きっぷ」は、12月10日~1月10日までと使用期間が短い。

3時間ほど鈍行に揺られ静岡に到着した。JR静岡駅から駿府城まで歩いた。

観光案内所の女性は「11分で着ける」と言ったが、13分も掛かってしまった。

「なぜなのだろうか?」と少し悩んだが、荘厳な東御門を観て気を取り直した。

櫓門北面の2本の梁が笑うほど太かったので口をあんぐり開けて眺めていた。

巽櫓に駿府城の模型があった。焼失していなければこのような勇姿とのこと。

駿府公園には多くの若者がいたが、その95%以上はサッカーをやっていた。

アウトドアが苦手なため、静岡県に生まれなくて助かったと胸を撫で下ろした。

家康公の駿府城を後に、電車に揺られてウトウトしていたら「か」という駅名が垣間見えたので飛び降りた。掛川駅に降りたつもりだったが、金谷駅だった。

針の穴を通すような緻密な計画から遅れること28分5秒、掛川城を見上げた。

天守最上階から掛川城御殿を見下ろした。男性スタッフと8分くらい談笑した。

現存している御殿は全国にたった4つしかないというから驚きの掛川城御殿。

貸切状態だったので畳の真ん中でしばし座っていた。いい時間の流れだった。

ただ、残念なことに2人のスタッフの雑談声が静寂の中で異様に響き渡った。

畳の上から天守を見上げて記念の一枚。思い出作りにガラケーでも撮影した。


桑名の名物と言えば、桑名城と六華苑と焼き蛤と(三重県桑名市)

財布の中が悲惨な状態だったので2000円以内で移動できる場所を探した。

それが桑名だった。そこそこ距離があり、往復でも1900円というのが嬉しい。

JR桑名駅から歩いて15分ほどで桑名城へ着いた。ただ、現存建造物はなく石垣や堀が残るのみで現在は、憩いの場の九華公園として整備されている。

漁船の船溜まりだが、ここは桑名城の外堀で城壁の上に民家が建っていた。

蟠龍櫓は歌川広重の浮世絵「東海道五十三次」でも象徴的に描かれている。

立派な大鳥居は、伊勢神宮の遷宮(20年)ごとに建て替えられているらしい。

さらに歩いて重要文化財の六華苑を訪れたが、素晴らしく荘厳で圧倒された。

随分前にテレビで観た「天才刑事・野呂盆六6」では、この場所のこの椅子に座っていた悪役弁護士がボウガンで撃たれて死んだ。何気に感慨深かった。

午前11時。桑名と言えば、焼き蛤。はまぐり食堂で志ぐれ茶づけを堪能した。


風格の丸岡城(福井県坂井市)と広大な一乗谷城(福井県福井市)

「丸岡城へ行きたい」と次女にせがまれたので高速をかっ飛ばして向かった。

途中、杉津PAに寄ると敦賀湾を眺めた。日曜日のせいか観光客が多かった。

犬山城同様こじんまりした佇まいとその風格がたまらなく素敵な現存の名城。

丸岡城を堪能した後、一筆啓上茶屋内のカフェで大学芋のワッフルを食べた。

次に一乗谷城へと向かった。案の定、ここも安っぽい観光客で賑わっていた。

つい8分前まで知らなかったが、ソフトバンクの白い犬は一乗谷の出身らしい。

観光客が多いため、どのショットでも招かれざる人物が一緒に写ってしまった。

地元の朝倉氏に対する熱い思いはよく伝わってきたが、車の運転は疲れた。