日帰借景一覧

この猛暑のせいなのか、貸し切り状態だった西尾城(愛知県西尾市)

この際、多少の日焼けは仕方がないと割り切り、近場の城めぐりに出掛けた。

愛知県の西尾市。JRが通ってないので名鉄の鈍行に揺られてたどり着いた。

その目的は西尾城。最初に再建された鍮石門(ちゅうじゃく)が迎えてくれた。

奥には旧近衛家の立派な茶室があった。一服400円だが、何気に躊躇した。

天守はなく、本丸、二の丸跡の一部は小さな歴史公園として整備されている。

15年前に復元された本丸丑寅櫓に向かったが、蛇が出て来そうで怖かった。

櫓内部の動画も撮影したが、3分の2がブレていたので腹が立って削除した。

資料館から眺めた本丸丑寅櫓。画像は美しいが、その場は暑くて苦しかった。

そろそろ水分を補給しないとアスファルトの上に倒れるのではと若干、焦った。

見知らぬ男性に「@$かく寺はどこですか?」と訊ねられたので「知らない」と
答えたが、確実に目の前の看板に書いてある崇覚寺のことだと5秒で察した。

その男性には申し訳なかったが「滑舌が悪いからだ」と自分に言い聞かせた。

僅かな空腹感だったが、せっかくなので観光案内所で教えてもらった鰻屋へ。

二層の上丼を頼んだ。猛暑のせいだろう冷たいお茶のほうが美味しく感じた。

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永平寺と丸岡城と恐竜博物館(福井県吉田郡・坂井市・勝山市)

世間がGW最後の日、1ミリも暦に左右されない生活の私は福井へ向かった。

途中、杉津(スイヅ)パーキングエリアから曇天で少し残念な敦賀湾を臨んだ。

最初は曹洞宗大本山の永平寺。総本山と大本山とでは何が違うのだろうか。

若い雲水は数えられないほどいたが、さすがに太った者は一人もいなかった。

とてつもなく広い寺内を巡ったが、どのショットも絵になってしまうのは見事だ。

真夏の猛暑でも涼しいだろうとは思ったが真冬の厳冬では凍えるとも感じた。

見上げた階段。下からのショットだが、あまりに壮絶過ぎて閉口してしまった。

桜が散った後の緑が目に眩しく、森林浴と光合成を存分に愉しめそうだった。

永平寺を後にし、一乗谷へと向かった。その道中にあった蕎麦屋で一服した。

朝倉氏で盛り上がる一乗谷。大河ドラマで取り上げて欲しいという署名運動が
そこら中で行われていたが、限りなく華がないから確実に無理だろうと思った。

一乗谷朝倉氏遺跡へ辿り着くまでに巨大なアオダイショウ(2匹)と遭遇した。

一乗谷城へは後日、もう一度ゆっくり訪れようと思った。次はメインの丸岡城。

それは坂井市内の何の変哲もない町中にポツンとあったが、それもまたいい。

見事な枝垂桜を背に天守へ向かった。感動のあまり胃液が込み上げて来た。

こじんまりと小さいが風格も風情も実に素晴らしい最高級レベルの☆☆☆だ。

観光客もまばらで、それはそれで寂しい気もしたが個人的にはせいせいした。

1階では何もない空間が本物感を醸し出して凄い。湾曲した柱が気に入った。

急な階段は現存する名城ならでは。片手でロープを手繰り寄せてよじ登った。

2階で梁を眺めながら古の情景を思い浮かべようとしたがまったく無理だった。

「日本100名城」の中の36番。また、12しかない「現存天守」の貴重な1つ。

間違いなく良過ぎるほどいい。確実に再訪すると五臓六腑が雄叫びを上げた。

少し時間があったので恐竜博物館まで足を延ばしたが、これが感動するほど
良かった。次に丸岡城や一乗谷城を訪れた際には、飽くまでじっくりと観たい。

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中山道の小さなスポットに癒された美濃赤坂宿界隈(岐阜県大垣市)

一度、訪れてみたかった近くて遠い中山道・美濃赤坂宿界隈へと足を運んだ。

JR美濃赤坂駅は昭和が漂う無人駅で3時間に1本しか電車が走っていない。

駅から5分の場所にある個人所有のお茶屋屋敷跡は「ぼたん園」として有名。

恐ろしいほど来園者の平均年齢が高く、私などヤングマンもいいところだった。

とっくにピークは過ぎていたものの、まだ満開のぼたんがそこかしこにあった。

この右側に「左たにくみ道」道標があったが、収めたつもりが入ってなかった。

とにかく圧倒されるほど立派な家が桝形にあり、固定資産税が心配になった。

個人的には好ましい水辺の赤坂港跡。人目をまったく気にせず動画を撮った。

そろそろ喉が渇いてきたが、自販機もなかったのでそのまま西へ歩き通した。

20分ほど歩いて昼飯町に。昼飯と書いて「ひるい」と読むことを初めて知った。

また赤坂宿方面へ戻り、唯一とも言える土産物店の五七処の暖簾をくぐった。

まるで遠近法で描かれたような懐かしい白と黒。ずっと残しておきたい一コマ。

よくは知らないが、廃線となった西濃鉄道の昼飯線だと思うがよくは知らない。

その後、せっかくなので大垣に寄った。おかしなものでこんな大垣でも都会に
思えた。駅前にあるチャングイという中華料理店で五目ラーメン定食を食べた。

平均点以下だったが満腹にはなった。すぐ近くの大垣城で一人、はしゃいだ。

桜の花が散ると幹の至る所に毛虫が目立つ。住吉燈台の前でしばし耽った。

そこから水門川へ下りると10分ほど水面を眺めた。そろそろ喉が渇き始めた。

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歩き疲れた東山動植物園と一本の覚王山界隈(愛知県名古屋市)

本来なら一泊で金沢へ行っているはずだったが、日本海側の不安定な気候に
嫌気が差し、金沢とは何の因果も脈絡もない快晴の東山動植物園を訪れた。

さすが平日の午前中だけのことはあり、限りなく独占状態に近い園内だった。

入ってすぐ右側に3頭のインドゾウを発見した。エレファント・マンを思い出した。

その後、初めてスカイタワーの展望階へと上がり、四方を眺めた。もともと私は
水族館は大好きだが、動物園には興味の欠片もない。アウトドアは苦手だし。

地下鉄東山線で2駅目に覚王山があったので、せっかくなので寄り道をした。

覚王山アパートの裏には、商品のようなガラクタのようなものが積んであった。

タイ王国から寄贈された釈迦の遺骨を安置するために建てられた日泰寺だが
私はなんとなく気に入っている。天気も手伝ってか、今日も気持ちがよかった。

まだ昼食をとっていなかったので一旦、名駅に戻るとつな八の暖簾をくぐった。

空腹よりも全身の疲れのほうが勝っていたので、ほとんど味は覚えていない。

巨大な美しいクリスマスツリーがあったと今、この写真を観て急に思い出した。

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家康が拠点とした岡崎城と八丁味噌で茶色いランチ(愛知県岡崎市)

絶好の散歩日和だった。名鉄電車で東岡崎まで気分転換を兼ねて出掛けた。

岡崎公園の中にある岡崎城。復元されたものゆえ、あまり感動もしなかったが
環境は良かった。木々は紅葉で赤く染まれば、料理は八丁味噌で真っ茶色。

午後2時。突如「故障中」の張り紙がしてあるからくり時計が能を舞い始めた。

存分に堪能したが、駅へ向かう途中、とどめで旭軒元直の味噌饅頭を買った。

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荘厳な松本城と姨捨駅からの絶景に満足した松本(長野県松本市)

もうすぐ師走だというのに岐阜よりもっと寒い長野へ行こうという誘いに乗った。

名古屋でワイドビューしなのに乗り換えた。特急マニアには、たまらない瞬間。

松本駅に到着。国宝の松本城が荘厳に映り、とても満足した。その後、近くの
中町商店街を歩いたが、まったくコンセプトが曖昧な界隈で失笑してしまった。

一旦、松本駅に戻ると構内にある小さな喫茶店のココアで冷えた体を温めた。

長野行きの普通電車で姨捨駅へと向かった。有名な駅なので大勢が降りると
思いきや、私たち3人だけだった。また無人駅ゆえに、さらに孤独感が増した。

この駅からの景観は、日本三大車窓の1つに選ばれたほどの凄まじい美観で
眼下に千曲川、左手に善光寺平、右手に棚田の風景が満遍なく眺望できた。

改めて絶景。昨日の天気予報では雨だったが、そこは晴れ男。快晴となった。

姨捨駅は、今も残る貴重なスイッチバックの駅だった。火曜サスペンス劇場の
トリックに使えそうだ。日本には、まだまだ素晴らしい場所があると深く思った。

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曇り空がよく似合った生まれ故郷うだつの上がる美濃(岐阜県美濃市)

一昨日の思い立ちを励行した。車ではなく、長良川鉄道でゆっくりと向かった。

この美濃市駅に降りるのは初めてだった。物理的に何もないある意味、とても
貴重な駅だった。第三セクターの厳しさと予算と向上心の乏しさに深く頷いた。

親父方の実家があった細く、小さな通りだが、今では他人の家が建っていた。

 

そして、歩いて卯建(うだつ)の上がる町並みへ行った。小坂酒造場の丸みを
帯びた屋根と卯建は素晴らしく、背伸びをして魅入った。杉玉も印象的だった。

水の打たれた土間を通り、奥にある蔵に入るとそこはギャラリーになっていた。

和紙問屋の佇まいを堪能できる旧今井家住宅。江戸中期に建てられ、その後
明治初期に増築された歴史ある家屋だった。一体、築何年になるのだろうか。

中庭の水琴窟にそっと水を掛けてみた。心地良い音が鳴り響き、沁み渡った。

ふと見上げれば晴れたり曇ったり小雨が降ったりで、空腹になった。まる伍の
十割蕎麦を食べた。それから川湊灯台へ行き、美濃橋を7分の2まで渡った。

ふらっと古黒見堂に入った。店内には、レトロな雑貨が所狭しと並べてあった。
煙突のような天窓は圧巻。その珈琲の味はと言えば、極めてノーマルだった。

町並みを後にした。その帰り道、随分前に廃線となった名鉄美濃駅があった。
幹の風情と趣ある佇まいに38年前の芥見小学校の輪郭が綺麗に重なった。

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焼き物の町に和の風情を感じた常滑(愛知県常滑市)

急に常滑のレトロな町並みを歩きたくなったので名鉄特急に乗って向かった。

さすが常滑焼で有名なだけあり、そこら中に愉快なオブジェが氾濫していた。

特に招き猫の生産が多いためか、こんなところにまで整然と並べられていた。

どこかで見たような猫も。常滑は、『20世紀少年』のロケ地に使われたらしい。

やきもの散歩道をマップに沿って歩いた。4~5分歩くとだんご茶屋があった。

1本70円のしょうゆ団子だが、飛騨高山のそれと99%変わらない味だった。

常滑を紹介する際に必ずといっていいほど登場する土管坂。実際はしょぼい。

文化財の登窯。火曜サスペンス劇場で陶芸家を演じた前田吟を思い出した。

焼き物の町。タケノコのように巨大なレンガの煙突がそこら中から生えていた。

常滑駅に戻り、構内のそば屋で天丼ときしめんの定食(1200円)を食べた。

セントレアまでたった4分。スカイデッキで飛行機を愉しもうと空港へ向かった。

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奥貴船にある兵衛の川床で風情に酔いしれた京都(京都府京都市)

今一度、日本の風情を存分に味わおうと京都の奥貴船にある兵衛へ行った。

在来線、新幹線、地下鉄、送迎バスを乗り継いで自宅から4時間で到着した。

酔ったら確実に転ぶであろう石の階段をゆっくりと降りた。そこは川床だった。

マイナスイオンが活字になって現れそうなくらい清涼感溢れる絵が目の前に。

まずは生ビールと先付の銀杏。幼い頃は大嫌いだった銀杏が今では大好物。

季節のものが五種盛られた前菜。ちまきのようなものは、生麩が入っていた。

梅肉と鱧。このときすでに酔っていたので何を食べても味は99%同じだった。

石焼の鮎。僅かに残った1%の味覚で頭から尻尾までまんべんなく堪能した。

川の音色にとても癒されたので周辺の音を拾った。f分の1のゆらぎを感じた。

熱燗を注文したが、この鱧の煎餅は間違いなく生ビールによく合ったはずだ。

その他にも数種ほど食べたので、天ぷらを入れているときは飽和状態だった。

満足の兵衛を後にし、京都駅へ戻った。駅構内にある京あんじゅで一服した。

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日本まん真ん中温泉 子宝の湯に浸かった郡上(岐阜県郡上市)

まったく急に長良川鉄道を利用して美並町にある子宝の湯に行きたくなった。

当たり前のように一両編成。横一列に並んだ座席が懐古趣味旺盛で嬉しい。

美濃太田駅から乗車し、約1時間をかけて「みなみ子宝温泉駅」へ到着した。
驚いたことに、電車を降りて駅舎のドアを通り抜けるとそこが子宝の湯だった。

美濃太田方面。私は、この先からやって来た。雑誌で観たような風景だった。

郡上八幡・北濃方面。周辺に暮らす人たちは日々、何をしているのだろうか。

長良川鉄道の利用者は、入湯税の50円だけで温泉を堪能することができた。

大自然の中、超開放的な露天風呂。ほぼ貸し切り状態で眉間まで浸かった。

間違いなく平均年齢が70歳を超えている畳の休憩所では、常日頃の鬱憤を
晴らすかの如く惰眠を貪った。案の定、畳の模様がくっきりと顔に反映された。

山の緑と川の緑が実に深く、とても爽快だった。滔滔と流れる川は、長良川。

釣り人たち。

鮎料理を楽しみにしていたが、店が閉まっていたので仕方なく天丼を食べた。

美濃太田方面から電車がやって来た。せっかくなので、大自然と共に収めた。

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