日帰借景一覧

家康が拠点とした岡崎城と八丁味噌で茶色いランチ(愛知県岡崎市)

絶好の散歩日和だった。名鉄電車で東岡崎まで気分転換を兼ねて出掛けた。

岡崎公園の中にある岡崎城。復元されたものゆえ、あまり感動もしなかったが
環境は良かった。木々は紅葉で赤く染まれば、料理は八丁味噌で真っ茶色。

午後2時。突如「故障中」の張り紙がしてあるからくり時計が能を舞い始めた。

存分に堪能したが、駅へ向かう途中、とどめで旭軒元直の味噌饅頭を買った。


荘厳な松本城と姨捨駅からの絶景に満足した松本(長野県松本市)

もうすぐ師走だというのに岐阜よりもっと寒い長野へ行こうという誘いに乗った。

名古屋でワイドビューしなのに乗り換えた。特急マニアには、たまらない瞬間。

松本駅に到着。国宝の松本城が荘厳に映り、とても満足した。その後、近くの
中町商店街を歩いたが、まったくコンセプトが曖昧な界隈で失笑してしまった。

一旦、松本駅に戻ると構内にある小さな喫茶店のココアで冷えた体を温めた。

長野行きの普通電車で姨捨駅へと向かった。有名な駅なので大勢が降りると
思いきや、私たち3人だけだった。また無人駅ゆえに、さらに孤独感が増した。

この駅からの景観は、日本三大車窓の1つに選ばれたほどの凄まじい美観で
眼下に千曲川、左手に善光寺平、右手に棚田の風景が満遍なく眺望できた。

改めて絶景。昨日の天気予報では雨だったが、そこは晴れ男。快晴となった。

姨捨駅は、今も残る貴重なスイッチバックの駅だった。火曜サスペンス劇場の
トリックに使えそうだ。日本には、まだまだ素晴らしい場所があると深く思った。


曇り空がよく似合った生まれ故郷うだつの上がる美濃(岐阜県美濃市)

一昨日の思い立ちを励行した。車ではなく、長良川鉄道でゆっくりと向かった。

この美濃市駅に降りるのは初めてだった。物理的に何もないある意味、とても
貴重な駅だった。第三セクターの厳しさと予算と向上心の乏しさに深く頷いた。

親父方の実家があった細く、小さな通りだが、今では他人の家が建っていた。

 

そして、歩いて卯建(うだつ)の上がる町並みへ行った。小坂酒造場の丸みを
帯びた屋根と卯建は素晴らしく、背伸びをして魅入った。杉玉も印象的だった。

水の打たれた土間を通り、奥にある蔵に入るとそこはギャラリーになっていた。

和紙問屋の佇まいを堪能できる旧今井家住宅。江戸中期に建てられ、その後
明治初期に増築された歴史ある家屋だった。一体、築何年になるのだろうか。

中庭の水琴窟にそっと水を掛けてみた。心地良い音が鳴り響き、沁み渡った。

ふと見上げれば晴れたり曇ったり小雨が降ったりで、空腹になった。まる伍の
十割蕎麦を食べた。それから川湊灯台へ行き、美濃橋を7分の2まで渡った。

ふらっと古黒見堂に入った。店内には、レトロな雑貨が所狭しと並べてあった。
煙突のような天窓は圧巻。その珈琲の味はと言えば、極めてノーマルだった。

町並みを後にした。その帰り道、随分前に廃線となった名鉄美濃駅があった。
幹の風情と趣ある佇まいに38年前の芥見小学校の輪郭が綺麗に重なった。


焼き物の町に和の風情を感じた常滑(愛知県常滑市)

急に常滑のレトロな町並みを歩きたくなったので名鉄特急に乗って向かった。

さすが常滑焼で有名なだけあり、そこら中に愉快なオブジェが氾濫していた。

特に招き猫の生産が多いためか、こんなところにまで整然と並べられていた。

どこかで見たような猫も。常滑は、『20世紀少年』のロケ地に使われたらしい。

やきもの散歩道をマップに沿って歩いた。4~5分歩くとだんご茶屋があった。

1本70円のしょうゆ団子だが、飛騨高山のそれと99%変わらない味だった。

常滑を紹介する際に必ずといっていいほど登場する土管坂。実際はしょぼい。

文化財の登窯。火曜サスペンス劇場で陶芸家を演じた前田吟を思い出した。

焼き物の町。タケノコのように巨大なレンガの煙突がそこら中から生えていた。

常滑駅に戻り、構内のそば屋で天丼ときしめんの定食(1200円)を食べた。

セントレアまでたった4分。スカイデッキで飛行機を愉しもうと空港へ向かった。


奥貴船にある兵衛の川床で風情に酔いしれた京都(京都府京都市)

今一度、日本の風情を存分に味わおうと京都の奥貴船にある兵衛へ行った。

在来線、新幹線、地下鉄、送迎バスを乗り継いで自宅から4時間で到着した。

酔ったら確実に転ぶであろう石の階段をゆっくりと降りた。そこは川床だった。

マイナスイオンが活字になって現れそうなくらい清涼感溢れる絵が目の前に。

まずは生ビールと先付の銀杏。幼い頃は大嫌いだった銀杏が今では大好物。

季節のものが五種盛られた前菜。ちまきのようなものは、生麩が入っていた。

梅肉と鱧。このときすでに酔っていたので何を食べても味は99%同じだった。

石焼の鮎。僅かに残った1%の味覚で頭から尻尾までまんべんなく堪能した。

川の音色にとても癒されたので周辺の音を拾った。f分の1のゆらぎを感じた。

熱燗を注文したが、この鱧の煎餅は間違いなく生ビールによく合ったはずだ。

その他にも数種ほど食べたので、天ぷらを入れているときは飽和状態だった。

満足の兵衛を後にし、京都駅へ戻った。駅構内にある京あんじゅで一服した。


日本まん真ん中温泉 子宝の湯に浸かった郡上(岐阜県郡上市)

まったく急に長良川鉄道を利用して美並町にある子宝の湯に行きたくなった。

当たり前のように一両編成。横一列に並んだ座席が懐古趣味旺盛で嬉しい。

美濃太田駅から乗車し、約1時間をかけて「みなみ子宝温泉駅」へ到着した。
驚いたことに、電車を降りて駅舎のドアを通り抜けるとそこが子宝の湯だった。

美濃太田方面。私は、この先からやって来た。雑誌で観たような風景だった。

郡上八幡・北濃方面。周辺に暮らす人たちは日々、何をしているのだろうか。

長良川鉄道の利用者は、入湯税の50円だけで温泉を堪能することができた。

大自然の中、超開放的な露天風呂。ほぼ貸し切り状態で眉間まで浸かった。

間違いなく平均年齢が70歳を超えている畳の休憩所では、常日頃の鬱憤を
晴らすかの如く惰眠を貪った。案の定、畳の模様がくっきりと顔に反映された。

山の緑と川の緑が実に深く、とても爽快だった。滔滔と流れる川は、長良川。

釣り人たち。

鮎料理を楽しみにしていたが、店が閉まっていたので仕方なく天丼を食べた。

美濃太田方面から電車がやって来た。せっかくなので、大自然と共に収めた。


水明館の料理に浸り、臨川閣の湯に浸かった下呂(岐阜県下呂市)

ワイドビューひだ5号に乗って下呂温泉へと向かった。しかし、台風の影響で
連結するひだ25号が20分ほど遅れての出発だった。途中、雨も強くなった。

先頭車両の一番前の席に座った。お盆休みのせいか、指定席は満席だった。

車窓から木曽川と山を眺めた。大好きな風景だが、やはり川は増水していた。

女将が必要以上に美しい老舗の水明館に到着。異様に混んでいた。

地下1階にある北乃寮で旬の味を堪能した。頭からかぶりついた鮎の塩焼き。

下呂で社会保険労務士業を営む矢島友幸さんと志賀さんが語り合っていた。

名物の飛騨健豚(けんとん)。熱い味噌に絡めて食べたらビールとよく合った。
この後、臨川閣の大浴場の湯にゆっくり浸かった。体の芯から汗が吹き出た。

水明館の中庭にある池。滝が荘厳で、そこに泳ぐ鯉がまた太くて立派だった。

やっと雨も小降りになった午後5時40分頃。帰りも先頭車両の一番前だった。


猛暑の中、寺田屋と伏見桃山界隈を堪能した京都(京都府京都市)

岐阜も暑いが京都も暑い。しかしながら、軽い気分転換に伏見界隈を巡った。

行く途中、道路の気温表示は40度だった。昼食をとるために月の蔵人へ。

見るからに儲かっていそうな店構えだし、何十人と観光客が押し寄せていた。

きっと坂本龍馬は食べたことがないであろう龍馬御膳(3150円)を堪能した。

店を出ると照り返しのきつい伏見の街並みを徘徊に近い状態でさ迷った。

伏見夢百衆という名の喫茶店か土産物売り場か判別できない風情ある店舗。

そこからは目と鼻の先にあった寺田屋。想像通りの外観というか構えだった。

大勢の環境客が溢れていたが、せっかくなので私も入ろうと敷居を跨いだ。

入り口付近に寺田屋事件のときに犠牲となった薩摩九烈士の石碑があった。

その横には、三十石船というたて看板があった。後で拡大して読もうと撮った。

寺田屋の1階の風景。なんとなく漂う空気も懐かしい気がした。

これが2階へ上がる階段。お龍は、裸のままここを駆け上がったのだろうか?

2階の一室には、坂本龍馬の凛々しい姿の掛軸があった。

刀痕。だが、当時の寺田屋は消失し、ここは復元したものだと言われている。

寺田屋を出るとすぐに竜馬通り商店街。何もなかったので途中で引き返した。

カッパのCMで有名な黄桜の記念館のようなレストランのような展示施設。

伏見桃山界隈を後にし、JR京都駅構内へ行った。群衆が蟻のように見えた。

中村藤吉京都駅店で珍しく列に並び、30分ほど苦痛に耐え、順番を待った。

まるとパフェ(981円)。列に並んだせいもあってか、徹底的に美味しく感じた。

今回、案内をしてくれた山本晴美さん。自宅で冷たい紅茶をご馳走になった。


歴史と風情を5時間歩いて満喫した金沢(石川県金沢市)

『るるぶ』片手に特急しらさぎ1号に乗り、古都・金沢へと向かった。

2時間40分後。最初は、工事中で足場が組んであるのかと思った。

鼓門

だが、駅の東口を出て振り返れば、随分と立派な鼓門がそこにあった。

近江町市場を横目に黙々と歩いた。すると菓子文化会館という文字が
目に飛び込んできた。予定外だったが、入らないわけにはいかない。

が、その奥には泉鏡花記念館があった。旺文社文庫を読みあさった私には
嬉しい誤算だったが、そのとき泉鏡花を1冊も読んでいない自分を発見した。

次に五木寛之文庫。しかし、入場料が100円だったので入らなかった。

その先に和風モダンな建物を確認した。そこで近寄って見たら、

個人開業医の医院だった。またこの看板のレトロな文字がいい。

最初の目的地は、この坂の上にあった。

その前に金沢城の石川門。重厚な造りに感心して丁寧にシャッターを押した。

そこから左側の風景。散りかけてはいるものの、まだ桜は残っていた。

そこから右側の眺望。純粋に気分がいい眺めだと感じた。

そして、兼六園。

日曜日だったが、思ったほど混雑はしていなかった。しかし、外国人が多い。

霞ヶ池。1人、ぼんやりと湖面を眺めていた。

桜。そこには、兼六園熊谷桜と記してあった。

何気に癒される山水といったところ。遠くの眺望も借景になり、実にいい。

蓬莱島と呼ぶらしい。若いカップルが、そう言っていた。

向こうにある橋の姿が列をなして空をゆく雁に見えることから、雁行橋。

気持ちのよい眺望。背後に金沢の街並みを借りるところがいい。

寿亭という茶屋で加賀あんころ(400円)とお茶。畳の上で寝転がった。

見所が多過ぎて対象の名前が分からない。立派な松とでも呼んでおこう。

噴水。霞ヶ池の水が水圧により、自然とこの高さまで噴き上がっている。

ひっそりと黄門橋。侘寂(わびさび)の世界観。

真弓坂口から外へ出ようと歩いて行くと、左手に瓢池があった。

滝がなかなかの情緒を醸し出している。

兼六園のすぐ隣にある金沢21世紀美術館へ入った。無料だし。

入るや否や、ムウッとする室温に若干、苛立った。

雲を測る男。これを眺めている私もどんなものかと考えさせられた。

タレルの部屋。映画『シビルの部屋』なら観たことはあるが。

壁面全体にデザインが施された大きなギャラリー。見知らぬ女性を借りた。

KOHRINBO109の裏に回り、少し歩いたところに長町武家屋敷跡界隈。
この界隈は大変気に入った。流れが早く、水量の豊富な用水も実にいい。

大野庄用水の流れ。20分くらい水の泡をジッと見つめていた。

あめの俵屋。「るるぶ」に書いてあったので写真だけ撮った。

雑誌やテレビなどでよく見る景色。1坪、一体いくらくらいなのだろうか。

鞍月用水を駅に向かって歩いていたら、尾山神社を見つけた。その門。

全国レベルで超有名な観光名所がある中、奥床しい感じの尾山神社。

そのまま近江町市場へと向かった。最初に見つけたどじょうの蒲焼ショップ。

長い行列の原因となっていた近江町コロッケ。私には、この世の中に、
並んでまで食べたいものなど1つもないので横目に通り過ぎた。

中途半端な時間のせいなのか、そう大して混んではいなかったが、
ちゃんと賑わってはいた。

新しくなった近江町市場を背に、金沢駅へと向かった。

ちょっとばかり薄暗くなった鼓門の背景。しかし、無意味に巨大。

つづみ亭という和食屋で華御膳(1260円)を食べた。
あまりに疲れていたせいか、食べながら少し眠ってしまった。

帰りの特急しらさぎ16号まで時間があったので、駅の周辺を歩いた。
すると、大きなやかんのオブジェ(作品名:やかん体、転倒する。)が。

5時間は歩いた。帰宅して体重計に乗ったら1.5キロほど減っていた。
今回は体力の都合上、ひがし茶屋街と主計町茶屋街には行かなかった。

そこへは、また次回ということで。快晴だったし、満足した一日だった。


太陽と冷たい風が心地良かった鳥羽(三重県鳥羽市)

ふと急に鳥羽水族館へ行きたくなり、JR快速みえ1号に飛び乗った。

岐阜から約2時間後には鳥羽だ。いつもは近鉄特急だが、今回は初めてJRを使った。異様に疲れたので帰りは近鉄特急を使おうと思った。

カモメの散歩道を歩いた。革ジャンが暑く感じられるほどの快晴だった。

駅からゆっくり歩いて15分で鳥羽水族館に着いた。肝心の館内については、水族列伝No.004を参照。

水族館を思う存分、堪能した帰り道。ミキモト真珠島の前を観光船が通った。

鳥羽駅方面に向かった。右手には、5年前に宿泊した戸田家を確認した。

磯料理を食べさせてくれるテナントの前を通った。ほとんどの店から「どうぞ!お値打ちですよ」と声が掛かった。磯の香りのポン引き横丁と名付けた。

そこから20秒先には、赤福の鳥羽支店があった。案の定、儲かっていそうな店構えだった。

その通り沿いに「てっぱり料理」と看板がかかった長門館。どんな料理なのか興味はあったが、私の性格上、この手にも1人では入れない。

伊良子清白?初めて耳にした名前なので後ほどググッてみようと思った。

丁寧に管理されているため、きっと鳥羽にとっては大切な詩人なのであろう。

城山公園を登った。そこからの天気にも恵まれた美しい眺望だった。

そろそろ本気で空腹を覚えたので、鳥羽一番街の中へ入った。

以前、訪れたときもこのベンチに座り、いたずらに時間を潰した記憶はあった。

エスカレータから3階に上がったら、目の前に天びん屋があった。それだけの理由で入った。赤ん坊を抱いた若い父親がずっと立っていた。

午後1時20分。店内は微笑みたくなるほどガラガラだった。

にぎやか膳と生ビールを注文した。ロウ細工のようなエビフライだった。蕎麦は温かいのに貝は冷たい。もう二度とこの店に入ることはないだろう。

ただ本能に負けて満腹にはなった。2階の土産物売り場では、3つほど土産を買った。

帰りは、予定通り近鉄特急を利用することにした。しかし、それらのベンチには見事というか異様というべきか、赤福の赤い文字がずらっと並んでいた。

もっと頻繁に訪れようと思った。今回の目的は鳥羽水族館だったが、その他の名所や旧跡、風情ある界隈も歩いてみたい。