宿飯行脚一覧

やっと攻めることが叶ってすっげぇハッピーな気分に浸った僕@岡山県高梁市

せっかちなジジイの朝は早く午前3時21分起床。こっちの地域は腹が立つほど青空になるっぽい。いつも僕の力になってくれてありがとう!てるてるてる子ちゃんEX。今まさに、岡山県は倉敷市のホテルで一人きりUCCの熱いドリップコーヒーをすすりながら惣菜のパンを食べている真っ最中。高梁。読めるけど書けない僕がいるけど読めなければ書けもしない君たちもいる。「たかはし」だ。そんな備中高梁駅で降りると目の前にはスタバだった。おいおい、吐くほどド田舎にオアシスだぜ。はい、あと2回は訪れたいので出禁だけは避けたい巻頭文はここまでです。山頂の城を借景にすするソイラテは格別だった。高梁市は最高だ。土地をタダにしてもらっても住みたいとは思わないけど。

備中松山城。この3年と5か月の間で最も攻めたかった名城だ。僕も名城大学卒だけど同じ名城でもえらい違いだぜ。崩落の恐れもあるらしいので君たちはこの画像に頬ずりをしてお楽しみください。

はい、血だらけになったところで感動の天守が登場だ。いや、実に素晴らしい。さすが全国にたった12しかない現存天守のひとつだけあり小ぶりだが重厚感&存在感が凄まじい。僕は見とれていた。

ところがだ、よく見ると左右に越冬に全力を尽くす昆虫のような物体がいるじゃないか。そこで僕は「ったく、3連休の最終日だからと最近の城ブームに乗っかった昨日今日のにわかファンがイチイチ鬱陶しい。そこをどけそこを。僕の想い出の中にお前たちなんか入れたくないんだよ。備中松山城はこの僕だけを呼んでいるんだ。ったく、・・・」という上品な文句を誰にも聞こえない程度の小声で垂れていたら近くで世界のアツローだけが聞いていた。おまけに意味のない動画まで撮影していた。

ほら、ご覧。46分間ほど文句を垂れ続けたら誰もいなくなったけど青空も消えちまった。ハハハ、念ずれば花は開き人は散る。とりあえず僕を敵に回したらどうなるか思い知らせてやった僕だった。

性格、悪ぅ~!どうもありがとう。悲しいお知らせです。本当は127枚くらい撮った画像ですが、あろうことかスマホの操作を誤っちまってほとんどパーになりました。でもね、これは「もう一度、攻めてみないか」とおっしゃってくれているのでしょう。僕は後ろ髪を引かれる思いで城を去った。本当によかったよ。寝癖がつく程度の後ろ髪がかろうじて残っていて。振り返ることなく去った僕。

その後は歩いて麓まで降りると武家屋敷などを堪能し、最後に頼久寺の小堀遠州作の庭園を眺めた。五臓六腑まで文系の僕ゆえに当然のように一句ひねろうと思ったが、時代が僕をそうさせなかった。

なんのこっちゃまったく意味が分かりません。うん、僕もです。いい一日だった。でも、まだ続く。案の定、備中高梁駅界隈は飲食店がほぼ壊滅状態だったので岡山駅へと向かった。岡山一番街にあるサンマルク系列の『石焼炒飯店』で「鉄鍋小籠餃子バリューセット」を15分くらいでかきこんだ。僕も物理的にいい年こいた大人だ。感想はあえて言わないでおこう。2日目は19087歩だった。

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感動的な中国大返しと山頂からの絶景に酔い痴れた僕@岡山県岡山市・総社市

この僕が戦国時代の中で最も興味を抱く史実は本能寺の変で信長が自害したことを知った秀吉による備中高松城からの中国大返し。いつまで待っても何もないのは娘たちの恩返し。ハハハ、相変わらず絶好調の杉山です。君たちも来年は「世界のアツローと逝くいや、行く日本の歴史ツアー」に嫌でも参加してみないか。今ならもれなく15%OFFのクリーニング券が付いてくるようにしてあげる。僕一人で面倒を見るのはもう限界なんだよ。はい、上記のとおり今回は初日に備中高松城と鬼ノ城を全力で攻めた僕たちだった。翌日は翌日のブログで確認しなさい。水攻めの痕跡を見付けて喜ぶのは僕たちだけかと思いきや、母娘らしき2人もそこにいた。しかし、軽い会釈だけで僕たちは別れた。

することがなくなったので備中高松城を攻めると資料館のおばちゃまの地元民の感情あふれる解説がとても分かりやすくてマーベラスだった。是非ともここでおばちゃまをご指名することを強要する。

さぁ、服部駅から予約しておいたタクシーに乗り込むと先日の『ブラタモリ』を見てますます興味が湧いてきた現在進行形の鬼ノ城を攻めた。青空でないのがむしろ雲海に見えて激しくステキすぎた。

ちなみに「きのじょう」と読むので念のため。明らかに日本古来のそれとは異質っぽい佇まいが僕を雲海の中へと引き摺り込んで行くようだった。案の定、僕の妄想列車は走り続けて止まらなかった。

これは当然、君たちも知っている鬼ノ城で最も有名な高石垣だよね。嗚咽するくらい感動的だった。

いい感じに汗もかいたことだし一旦、ホテルにチェックインした僕たちがいた。ほう、約2か月前に
オープンしたばかりだけあって新築の匂いがプンプン漂っていた。トイレもTOTOでご満悦な僕。

その後、すぐに観光案内所の女性スタッフに紹介してもらった美観地区の近くにある『しんすけ』で夕食を取った。どれもこれもイチイチ美味しかったが、ここら辺の名物らしき「ままかり焼き酢」はさらに美味しかった。明日も山城を攻めまくるので今日は早く寝よう。初日は17122歩だった。

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時季外れの太陽を浴びながら浦添から首里を臨んだ僕@沖縄県浦添市・那覇市

臭い55歳でもはいさい♪プチ大都会の岐阜シティと15℃くらい気温差があるっぽい那覇シティ。狭いようで意外に広いぜエキセントリック・ジャペ~ン!ってことで、朝っぱらから23℃もあるし真っ昼間には26℃にもなるらしいので長T1で楽しもう。はい、これを正しい日本語に翻訳すると「長袖Tシャツ1枚で十分だよ♪」となる。延伸したばかりのゆいレールに乗って浦添城を攻めた。

ここは聖なる浦添ようどれだ。「う、うらぞえ、よう・・・。それ何?」「ググれ」。天の川の如く首里へと続く石畳の絶景に目を細めながらスマホで気温を確認したらとっくに夏日を超えとるがや。

汗が噴き出してただでさえ臭い55歳がさらに臭い55歳にバージョンアップする7分前だったので首里城の近くにある『石畳茶屋真珠』に飛び込むとかき氷で抑えた。それにしても美しい景色だぜ。

12月に活躍する蚊取り線香を見たことはありますか?目の前にあるこの驚きをチェルシーのように君たちにも分けてあげたい。ほら、ご覧。黒蜜がかかった氷の中から白玉と大粒のあずきの登場さ。

昨日、数々の問題はあるものの彼が営む居酒屋を利用するとささやかながらもサービスをしてくれるさとちゃんから「岐阜と本場の違いを調査しなさい」と『やっぱりステーキ』への潜入調査を活字で命じられた僕だった。とは言え、食欲がなかったので国際通りにあるトミーとマツの略かも知れない『T&M COFFEE』でホットサンドを熱い珈琲で押し流すとこれが今日の主たる食事だお花紀(驚)。

沖縄で見掛ける鳥はすべてヤンバルクイナで軒先で寝そべる猫はイリオモテヤマネコと決めている。ま、それも賛否両論だと思いますよ。行ったり来たり5~6回くらいゆいレールに乗っただろうか。「一人旅の〆はスタバで」とその気になって探せば『枕草子』の76ページ目あたりに書いてある。清少納言よ、どうもありがとう。ソイラテを飲み終えると那覇空港へと向かった。では、また来年。

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居ても立っても居られないのでたった一泊で首里城を訪れた僕@沖縄県那覇市

真っ黒な悪を真っ白な善に切り替える方法は簡単で「白ワインを飲みながらブログを書いていた」と聞くと「ちょっとあーた、何て不謹慎な人なの」となるが「日々の疲れを癒そうとセブンイレブンの570円の白ワインを飲んでいたらふとアイデアが浮かんだのでそのままブログに綴ったんだよ」と聞けば「まあ、何て発想が柔軟な人なの」となる。ここでのポイントは800円以下のワインだよ。はい、これから目の当たりにする光景を想像するだけでも涙が2センチくらいあふれそうになるので何の脈絡もないことを書いちまった巻頭文はここまでです。ってことで、首里城を訪れた僕がいた。首里城に1円でも多くお金を落とすためだけにやって来た。だから僕は、そーいう優しい男なんだ。いつも僕が一人きり眺めている龍潭からの北殿だ。ちょうど1年前の明後日にもここを訪れていた。

しかしだ、焼け落ちたのは正殿と北殿と南殿であって首里城ではない。縄張りから石垣などを含めたすべてを首里城と言い、それはちゃんと残っている。立ち入りが制限されているためモデルコースに従いつつ粛々と攻めた。とは言え、すっげぇつらい・・・。また来年の今頃にも訪れようと誓った。

せっかくなので首里城の隣にある琉球王朝の王族が眠る神秘的な陵墓である玉陵(たまうどぅん)。国宝でもあり世界遺産でもある玉陵。それなのにほとんど観光客が訪れない玉陵を静かに堪能した。前回のときと同様に今回も貸し切り状態と思いきや、動画の最後に亡霊のような女性が写り込んだ。

名残惜しい首里城を後にするとすぐ近くの『琉球茶房あしびうなぁ』を一番で訪れた。大好物の麩のちゃんぷるーや島らっきょうの天ぷらは死なんけど死にそうになるくらい絶品だった。さらには〆の沖縄そばは発売当初のどん兵衛のパンツのゴム紐のような麺であり僕にはマーベラスな逸品だった。

ホテルの部屋では明日もはくために今日のパンツを電光石火で洗った。今日は感傷的な一日だった。

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和歌山くんだりの歴史と文化と芸術を心がないのに心行くまで味わったった僕@和歌山県和歌山市

午前0時52分に目覚めた僕。それってほぼ昨日じゃん。旅先のジジイの朝は気仙沼のサンマ漁より早い。一度でいいから死ぬほど鳴らしてみたい目覚まし時計のステキなアラーム。はい、ベッドから身を起こせば同じ目線に荘厳な和歌山城がある巻頭文はここまでです。案の定、モーニンキャソーと呼ぶことにした。さぁ、今から後ろから前から上から下まで本格的に攻めまくったろうじゃないか。

午前9時なのに体内時計はほぼ夕方とはこれいかに。ほら、ご覧。本丸御殿跡から撮った1枚だが、あたかも後光のような蒸気が舞っているようだった。それにしても美しい、愛らしい、素晴らしい。

イチイチイマイチな君たちも今一度、ほら、ご覧。天守最上階からの眺めは実にマーベラスだった。紅葉も『金色夜叉』の尾崎紅葉レベルでいい感じに紅葉だったとしか言いようがないっぷりだった。

芸術を探求し続けるこの僕としたことが、和歌山城のお隣にあるのに今まで一度も訪れていなかった和歌山県立近代美術館&博物館を一度目に訪れたらモーレツに立派じゃねぇかよ。さすが黒川紀章が設計しただけのことはある。彼も東京都知事選などに出なければ僕の評価はさらにアップしたのに。

あっちゃこっちゃ歩きまくってお腹もいい感じに空腹の4センチ7ミリくらい手前の状態になった。ちなみに、この数年間は-2センチ8ミリになっても平気です。ほう、それなりに良さげな雰囲気の『紀州のしずく』で「しずくの満足定食」を食べた。味もスタッフも偏差値68レベルで◎だった。

昨日のヘレかつと言い、今日の満足定食と言い、今回の旅のお店&お食事のチョイスは秀逸だった。それにしても満足定食なのにお子ちゃまのように満足に魚の骨も取れず食い方が汚くてすびばせん。

旅のスタートはスタバ。旅のゴールもスタバ。ここを訪れるためだけに和歌山電鐵の神前駅で降りた弘道に何かサービスしてやったらどうなんだ。ド田舎道を7分も歩いてスタバ@和歌山昭和通り店を訪れた僕は、どこで息継ぎをすればいいのかよく分からない商品名の「クランベリーブリスバー」をサービスでプレゼンツしてもらった小っちぇ珈琲で押し流した。和歌山にはまた2年後に訪れたい。

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2年に1回は訪れたいけど3年に2回は荷が重すぎると感じる和歌山界隈と僕@和歌山県和歌山市

2日前にも言ったが何度でも言おう。3年に2回の割合で夢も希望も目標も目的もまったくないのに和歌山くんだりを一人きり徘徊したくなりませんか?僕は2年に1回だがね。列車内は白いマスクの風邪っぴきばっかでデリケーターな僕は2時間くらい呼吸を止めていた。死ぬっちゅうの。ったく、気合が足らん連中だぜ。僕はと言えば、やる気はないけど気合は十分さ。だから、いいことなのか?(中略)和歌山大学前駅で降りた僕は、マーベラスな環境のイオンモール和歌山店内にあるスタバで「ショコラディスカバリー」を熱いソイラテで押し流した。最高の味だったが490円は高すぎる。そこで気になる正面に座っている女性だが、ちゃんと正面を向くと義母と同じくらいの年齢だった。

中途半端な長旅で疲れた僕は、とりあえずホテルにチェックインした。そして1706号室の重厚なカーテンをおもむろに開けた。すると視線の先には和歌山城が伏した虎の如く静かに鎮座していた。

「ジューシー」という安易な単語を多用する食レポほど能がないと思いませんか?グーグルマップのおっしゃるとおり歩いたら目的地のかつ専門店にオープンの2分前に到着したけど快く開けてくれて左端のおばさん、ありがとう。『ももやま』の「特選ヘレかつセット」はジューシーで絶品だった。

しかし「ヒレ」としか言えない東海三県人からすればこっ恥ずかしくて「ヘレ」とは言えないゆえに「じゃあ、これを」と言ってメニューを小さく指した僕。申し訳ないが「ヘレ」なんてあり得ない。

とにかくすっげぇ美味しかったので今度は「有頭えびフライ」を味わうためだけに青春18きっぷで訪れてもいいかも知れない。すでにご存じだとは思うけど僕ってそこそこの味覚オンチなんだよね。分かりやすい幸せと奥歯の間にそれなりに詰まったヘレかつをシーシーと吸いながらホテルの部屋に戻った僕。ふ、この僕を歓迎するかの如く和歌山城がライトアップされていた。午後8時前後だけど語呂がステキだからミッナイキャソーと呼ぶことにした。ミッドナイトキャッスルじゃないからね。

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第6回の親孝行接待ツアー(2日目)は安い修行のように歩き回った美観地区@岡山県倉敷市

基本的に一人旅のブレックファーストはセブンイレブンかファミリーマート、これら2つがなければローソンの菓子パンと決めている僕だが、さすがに心はないけど必要以上に常識だけはある僕だから義父&義母にそうしろとは言えなかった。その結果、不本意ながらホテルで朝食をとることにした。

さぁ、今日は嫌でも行動エリアが限られているため心行くまでそこら中を徘徊しまくってOKだよ。昨夜の青墨の雰囲気とは異なり、青碧の美観地区も確実によかった。この画像のタイトルは「鯉」。

大好物の大原美術館で『受胎告知』はもとより岸田劉生や児島虎次郎らの作品を吐くほど堪能すると「僕も画家になればよかった」と今日も思った。その後はそこらのベタな観光客と十把一絡げみたくソフトクリームを食べたり青色のデニムまんを指して「こんなもん食えるかよ」と大声で笑いながら親族たちとの時間を潰した。本当につらかった。本気でキツかった。そんな僕の気持ちなど1ミリも分かっちゃいない彼らでもお昼を過ぎるとお腹が空くようだ。仕方ないから一番近くにあったっぽい『カモ井』の「倉敷弁当」を食べた。どう見ても営業努力は0なのに儲かっている感じの店だった。

沸点を超えた年寄りはそこそこ疲れてくると無口になる。では、そろそろ帰りますか。と、その前に『エル・グレコ』で熱い珈琲をすすった僕。次があるなら城崎温泉くらいで手を抜きたい僕がいる。

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第6回の親孝行接待ツアーは讃岐うどんと高松城を満喫しまくり夜の美観地区@香川県高松市&岡山県倉敷市

はい、ほぼ確実に毎年の恒例行事となっちまった「お義父さん&お義母さんあとほんのちょっとだけ長生きしてね。でもね、無理だったら別に我慢しなくてもいいんだよ親孝行接待ツアー」を企画した添乗員&お財布代わりのギリギリ義理の息子です。今回は1泊2日で倉敷を訪れることにした。が、その前に新幹線の待合室の中にあるスタバ@JR名古屋駅新幹線南ラチ内店でソイラテを堪能した。

「え?倉敷なのになぜにマリンライナーで瀬戸大橋を渡っているの?」。うん、実にいい質問だね。

実はね、お義母さんは八十八箇所巡りで死ぬほど四国を訪れたけどお義父さんは一度も訪れたことがないのでわざわざ四国をマーキングするコースを設けたギリギリ義理の息子を全力で褒めてほしい。

ってことで、四国は高松と言えば讃岐うどん。セルフサービスは体質的に無理なのでフルサービスの『えん家』で「かしわ天ぶっかけ」と「海鮮あさりうどん」を黙々とすする義父&義母。一方、上の「野菜天ぶっかけ」をすすった僕。言うほど固くはなかったものの絶品だった。PayPayで支払った。

せっかくなので単なる個人的な趣味&嗜好で高松城を攻めた。3回目の登城だが実にいいですねぇ♪1坪3万円なら5坪くらい買うし、その他に2万円くらい寄付するから砂利を芝生に変えてほしい。

ギリギリ四国の高松を満喫した僕たちは、再びマリンライナーで今回の主たる目的地である倉敷へと着実に向かった。ほら、ご覧。棟方志功の巨大な版画だよ。この見事で圧巻の版画がロビーに燦然と掲げられている倉敷国際ホテルに宿泊した。3階のフロアからは版画を平行に眺めることができた。

「僕も画家になればよかった」。そう思いながら夜の美観地区を歩くと神秘的でマーベラスだった。

『鶴形』の「瀬戸内御膳」が今宵の食事だったが、その味はと言えば想定外に極めてフツーだった。

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下田海中水族館でイルカと戯れた後は下田バーガーで限りなく満腹になった僕@静岡県下田市・伊東市

案の定、伊豆下田の朝っぱらはムダに早すぎてスズメも鳴かない3時18分に目が覚めた僕だった。おはよう、僕。今日もたくさん歩くからよろしくね。昨日、ローソンで買ったメンチカツバーガーとアンティークのチョコパイリングを熱い珈琲でやっつけた。熱い湯で丁寧に髭を剃ると7年半ぶりの下田海中水族館を訪れた。左隣のお兄ちゃんの絶叫がやかましくてイルカたちに集中できなかった。

とは言え、これもイルカのパワーなのだろう。見ず知らずのお兄ちゃんもハッピーそうで何よりだ。かく言う僕も笑っちゃうくらいハッピー&ラッキーだけど。ほぼ貸し切り状態の館内を舐めるように歩き回った。舐めんかったけど。おそらく距離的に再訪はない思った僕は魚たちと名残を惜しんだ。

ほら、ご覧。鬼太郎の一反木綿っぽいエイたちも僕とのお別れを悲しむかの如くアジを食っていた。

さぁ、いい感じで空腹感がジワジワと押し寄せてきたので水族館から徒歩25分くらいの場所にある『Ra-Maru』でカリカリに揚げた金目鯛といい感じに溶けかけたカマンベールチーズとetc.を挟んだ「下田バーガー」をむさぼった。これだけで飽和状態の3丁目8番地くらいすっげぇ満腹になったし数十年ぶりに飲んだバドワイザーもシャビシャビではなくフツーだった。では、下田を後にしよう。

新幹線の時刻まで熱海でのんびりしようと思ったが、せっかくだから伊東界隈を散策すべく計画的に途中下車した。そして2回目となる東海館の見事な造りを目と鼻と耳と手と足で楽しんで口はない。これにて急に思い立った伊豆下田のぶらり一人旅は無事に終わった。また逢う日までごきげんよう。

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はるか昔の開国に思いを馳せながら古き街並みを一人きり計画的に徘徊した僕@静岡県下田市

「伊豆」は「いず」ゆえに「izu」と打つのが正解なのだけど魚津病で「idu」と打ってしまいがちな杉山です。説明しよう、魚津病とは富山県にある魚津市は「うおづし」なのにホームページの綴りが「uodu」ではなく「uozu」となっていることに年中無休で苦悶してしまう新種の病気なのである。な~んてね。日本最古の魚津水族館はまだ元気に活躍しているのだろうか。ここまで書いて言うのも何だが今回、訪れたのは魚津ではなく伊豆下田だ。伊豆急下田駅に到着するや否や寝姿山の山頂まで下田ロープウェイで登った。ほら、ご覧。澄み渡る快晴とこの僕のおかげで伊豆七島が見えるよね。

寝姿山を十分に堪能した後に観光案内所で教えてもらった『なかがわ』で「海の定食」を食べたが、海なし県でこのレベルだったら満足だけど逆立ち歩行でも海にたどり着くここ下田では2100円も払ってこれでは弘道君があまりに哀れだと思いませんか。この場合、誰を責めればいいのだろうか。

はい、今回の主たる目的の中の上から3番目で下から2番目くらいだろう了仙寺を一人きり訪れた。

いいもんですねぇ、お寺めぐりも。海善寺、宝福寺、了仙寺、長楽寺など下田には素晴らしいお寺がてんこ盛りだった。そして、ペリーロードで風情と趣を足して情緒でステアしようと思った僕だが、通りの建物がまさかの解体工事中で通行止めだった。左の電柱広告には「あほや」と書いたるがね。

まあいい。そんなことよりツインルームのシングルユースってお彼岸のおはぎを独り占めするようなプチ贅沢とは似ても似つきませんよね。とにかくお得感が平積み状態だけどビンボー症ゆえに両方のベッドに入りたくなる病気は仕方ない。今日もいい一日だったけど間違いなく明日もその予定です。

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