鹿児島県一覧

桜島を間近に望む見事な壺畑と西郷隆盛像(鹿児島県霧島市)

最終日も腹が立つほど快晴だった。朝食は、きびなごばかりむさぼり食べた。

その後、桜島を間近に臨む桷志田に連行された。しかし、壺畑は見事だった。

ミステリーツアーもやっと終わった。空港近くの西郷隆盛像にも別れを告げた。

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国宝と名勝を巡る一日(熊本県人吉市、鹿児島県鹿児島市・霧島市)

案の定、朝方3時に目が覚めた。ネットがつながらないのでボーっとしていた。

午前7時36分の今日も快晴で絶景!爽やかな気分になったフリを楽しんだ。

熊本の人吉へ行った。人吉城に行きたかったが集団行動ゆえに無理だった。

国宝の青井阿蘇神社を後にすると鹿児島市内にある名勝・仙巌園を訪れた。

仙巌園は2回目だが、3回目もOKだろう。この約1時間後に桜島が噴火した。

なぜか嘉例川駅。この駅は超レトロな駅なのに特急が停車することで有名だ。

だが、私のような中途半端な鉄っちゃんならまだしも、ド素人たちは嬉しいか?

猫も杓子もそこら中を撮影していたが、自宅でそれを見ることはないと思った。

極めて荘厳な霧島神宮の御神木。たしか『旅サラダ』で哀川翔が触れていた。

「樹齢は約800年です。ちょっとこちらへ回ってください」とガイドが手招いた。

目を凝らすと枝のある部分に烏帽子をかぶった神官のような物体を確認した。

五円玉がなかったので百円玉を賽銭箱に丁寧に入れ、二礼二拍手一礼した。

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知覧特攻平和会館と噴煙を上げる桜島(鹿児島県南九州市・霧島市)

ミステリーツアーに初めて申し込んだ。ほぼ頭の中では沖縄に決定していた。

ところが鹿児島だった。身も心もザ・沖縄だったので気が抜けたように凹んだ。

だが、知覧や霧島を訪れるのは初めてだったのでそれなりに楽しく過ごせた。

若き特攻隊員の遺書には涙が溢れた。そして、現実に戻ることも大切だろう。

高速を走るバスの中から見た桜島は、いい感じでスカッと噴煙を上げていた。

とにかく移動だけでも疲れた。生ビールをグイッと飲んだら睡魔が襲ってきた。

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翔ぶが如くめぐった維新史跡と島津の鹿児島城(鹿児島県鹿児島市)

案の定、いつもと同じように目覚ましが鳴る2時間前から目が爛々としていた。

暇だったので気持ち良さそうに眠っている娘の口や鼻をつまんで遊んでいた。

翔ぶが如く維新史跡めぐりを城山からスタートした。鹿児島城もじっくり回った。

とにかく下半身がひどく疲れたので鹿児島空港にあった畳の上で横になった。

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嗚呼、熊本城(熊本県熊本市)とかごしま水族館(鹿児島県鹿児島市)

几帳面な性格のため一日の予定は分刻みとなっている。娘を6時に起こした。

7時からの朝食だったが5分前に入った。経験上、7~8分前までは許される。

2回目となる熊本城は、PM2.5の影響もなく終始その姿に圧倒され続けた。

熊本城と界隈を舐めるように歩き回った後、市電に乗ってJR熊本駅に行った。

初めて九州新幹線に乗車した。2列シートの指定席は間違いなく快適だった。

14時5分に鹿児島中央駅に着くや否やホテルに駆け込み、荷物だけ預けてかごしま水族館へと市電で急いだ。感心するほど完璧なスケジュールだった。

そして、ジンベエザメで見事に癒された。娘はiPhoneで大量に撮影していた。

しかし、よく歩いた。2日続けて靴下の右足親指部分に致命的な穴を開けた。

イルカショーが始まる前のこと、正面のスクリーンに父娘の姿が映し出された。

空腹となった。さらに空腹感を盛り上げようと予約していた焼肉店まで歩いた。

ところが年齢のせいかネギタン塩で満腹となり、赤身三種盛は娘が平らげた。

可愛いプチホテルに娘は喜んだが、私が一人旅で利用することはないだろう。

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西郷隆盛の史跡巡りと島津家の仙巌園(鹿児島県鹿児島市)最終日

午前4時58分。5時から入浴できる3階の露天風呂へと向かった。

左手に見えるはずの桜島は、生憎の靄で薄っすらとしか確認できなかった。

泉質が塩泉だったため、部屋へ戻るとシャワーで髪と体を丁寧に洗い流した。

朝のメールチェック。思ったとおり、大した用事もなかった。

午前7時。まだ早いのか朝食会場はまばらだった。私は4時から起きていた。

洋食にした。グアバジュースが必要以上に美味しかった。

ホテルをチェックアウトした。荷物だけはそのまま預け、史跡巡りに出掛けた。
これは、石仏十三体。数匹の猫と戯れている奇妙な男がいた。

歩いて3分後の西郷隆盛洞窟資料館。向かって左側が入り口で右側が出口。

すぐ隣には西郷隆盛洞窟。西郷隆盛は最後の5日間をこの洞窟で過ごした。

西郷隆盛が最も好んで使用した言葉「敬天愛人(天を敬い、人を愛す)」という
4文字が刻まれているJR日豊本線の城山トンネル。

腰に銃弾を受け、動けなくなった西郷隆盛は「晋どん、もうここらでよか」と言い
別府晋介の介錯で自刃。わずか49歳で生涯を閉じた終焉の地がここだった。

薩摩藩士たちを指導統率するために創設された私学校の跡。

その私学校の石垣には、西南戦争で政府軍が浴びせた銃砲弾の弾痕が今も
鮮明に残っていた。まるで『俺たちに明日はない』のラストシーンのようだった。

岐阜県大垣市と姉妹都市の鹿児島市。それは、この薩摩義士との縁だった。

悲しい歴史の上に木曽川の安全があると思うと感謝の気持ちで一杯だった。

島津家が築いた鶴丸城。今では城壁や濠、石橋だけが残っている。

西郷隆盛の銅像。この前で地元の小学生に道を尋ねられた。速攻で答えた。

遊歩道を登って城山展望台に到着した。腹が立つほど汗だくになった。

いい眺めではあったが、相変わらずの靄のため桜島がかすんで見えた。

預けていた荷物を取りに城山観光ホテルへ戻った。

すべての毛穴から汗が噴出していた。すでにチェックアウトを済ませていたが、
女性スタッフにそれとなく言うと「是非どうぞ!」と笑顔で温泉を勧めてくれた。

九州新幹線の発着点となるJR鹿児島中央駅のバスターミナルまで行った。

市営バスに乗り、かごしま水族館前で降りた。一律180円だった。

桜島フェリー乗り場の中にある味心という店で黒豚カツ丼(950円)を食べた。
わらじのように巨大なとんかつだったが、なんとか無事に完食できた。

小指1本で吐けるくらい満腹になったので、目的のかごしま水族館へ行った。
その続きは、水族列伝No.006を。

水族館を堪能した後、タクシーで仙巌園へと向かった。「西郷先生」を連発する
タクシーの運転手だった。それはそれで楽しく話を聞くことが出来た。

島津家の別邸として使用された御殿の入り口。

1500円も払ってガイドコースに参加した。なかなか趣のある別邸だったが、
屋内の撮影がNGだったのが少し残念だった。

御殿の庭から眺めた桜島と錦江湾。このような風景を見ると固定資産税という
世俗にまみれた文字が頭の中をよぎってしまうのは私が平民だからだろうか。

その背景となる山側の風景。鬱蒼とした緑が南国を思わせた。

中庭の金魚池。私だったら数匹の大ナマズを飼いたい。

1500円のその中には、お茶とお菓子の料金も含まれていた。

普通に美味しくはあったが、個人的には生ビールと枝豆がより望ましかった。

仙巌園を後にし、カゴシマシティビューの巡回バスでJR鹿児島中央駅へと。

そこから空港バスで鹿児島空港へ向かった。その後、展望レストランで休息。

19:35のJAL便でセントレアへ飛んだ。ありがたいことにこの2日間、一滴の
雨も降らなかった。直行便がなくなると辛いが、機会があればまた訪れたい。

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城山観光ホテルと市場食堂(鹿児島県鹿児島市)初日

もうすぐセントレアからの直行便がなくなってしまう鹿児島へと飛んだ。

空席が目立ったJAL便。人口密度が30%程度でとてもゆったりとくつろげた。
翼を眺める私の頭の中には当然のように城達也のあの名調子が流れていた。

鹿児島上空。昨日までは大雨だったが、この2日間は雨の心配はないと言う。

午後8時を回っても薄明るかった天文館周辺。想像より遥かに繁華街だった。

城山観光ホテルに着いた。良質なホテルでスタッフの接客も素晴らしかった。

部屋は919。シングルの予約だったが、ダブルにバージョンアップしてくれた。
だからと言って、誰かが添い寝をしてくれるわけでもなかった。

夕食がまだだったので、地元の中年女性が勧めてくれた市場食堂に入った。

チープな印象を受ける店名だったが、店に入るや否や財布の厚みを確認した。

刺身の盛り合わせ。なぜか表通りには、肉系の店が多かった。

アオリイカを捌いてもらったが、値段の表記がなかったので若干、不安だった。

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