沖縄県一覧

小難しいことは横に置いといてアイ・ラブ沖縄さ~

おっはよ~!「だって、この僕だよ」でおなじみの杉山弘道君だお。今回は思わせぶりな裁判官のように主文(テーマ)を後回しにしよう。そこで君たちさ、いつも自分のことを何て呼んでいるのかな?「私」とか「俺」とか「ひろりんりん」とかいろいろあるよね。モモコのような哺乳類として曖昧な生き物は「あ・た・しぃ♪」って言うのよ。あいつの半径2メートル以内に近づくとウツボカズラのような粘着質の液体で溶かされちまうぜ。そう、45歳まで「私」を使っていたこの僕が「僕」を使うようになったのは村上春樹が「“僕”が似合うような年になりたい」と何かの雑誌に書いていたのを見たからなんだ。そのとき「“僕”っていい響きだな」と思った僕だった。英語では「I」だが日本語では「私」以外に「あたい」「おいら」「わし」「わっち(美濃町弁)」など腐るほどある。「あなただったら」とか「もし俺がダーティハリーなら」という二人称や三人称ではなく「この僕(私)なら」という一人称で生きてみようね。ってことで、なんくるないさぁ~の沖縄でめんそ~れさ~♪


梅雨空でも絶景の万座毛と最高の首里城(沖縄県国頭郡・那覇市)

さすがに梅雨の只中のため、3日間も続けて降雨なしとはいかない朝だった。

小雨のうちに定番の万座毛へ行った。眼下の海はブルーでとても美しかった。

ランチは残波岬ロイヤルホテルのブッフェだったが、デザートで満腹になった。

最後に首里城へ行った。首里森御嶽の凄さを知らない連中が哀れに思えた。

雨でより一層、朱が赤に近づいた。首里城は本当にいい。何回でも訪れたい。


感動的な沖縄美ら海水族館の楽しいオキちゃん劇場(沖縄県国頭郡)

久しぶりに熟睡できた。少しは疲れも取れたような気がしたが腰は痛かった。

小さくカットされた数種類のパンをシークヮーサージュースでそっと押し流した。

素晴らしい!美ら海水族館。正面の絵だけでも美し過ぎて見惚れてしまった。

ここに来るまでにかなり回ったので腹2分目となった。軽いものでごまかした。

次女がジャンケンという理不尽な選考方法に勝ち進んでステージ上に立った。

いい。溜息が漏れるくらい、いい。1時間ほど最上席からボーっと眺めていた。

オキナワ・マリオット・リゾート&スパ。周囲には何もなかったので仕事をした。

ネットが繋がれば仕事ができてしまう環境が理想なのか?とは考えなかった。

夕食のブッフェは何を食べても美味しかったが、一皿で満腹になってしまった。


賑やかな国際通りと甘いストロベリー・チーズケーキ(沖縄県那覇市)

次女が短休を取得して9連休となったので梅雨空の沖縄へ向かうことにした。

那覇空港に到着するや否や正面に鎮座している水槽にしばし見惚れていた。

ロワジールホテル那覇の1044号室だが、次女も頼めば何でもやってくれる。

ホテル内の泉亭で中華料理を食べた。2人の協議の結果、35点前後だろう。

夕刻の国際通りに繰り出した。今年の1月に何往復もしたので懐かしかった。

ブルーシールのストロベリー・チーズケーキを呑んだ。凄まじい満腹感だった。

靴下に穴が開くほど歩き回ったので2リットルくらい疲れた。速攻で爆睡した。


琉球珈琲館の亜熱帯角煮カレーとぶくぶく珈琲(沖縄県那覇市)

珍しく7時までぐっすり眠った。朝食は取らないので腹筋とスクワットを始めた。

予報は雨だったが、見上げれば汗が2リットルくらい噴出すような快晴だった。

沖縄の〆に国際通り沿いにある琉球珈琲館に入った。2階から通りを眺めた。

美味しかったが、ただでさえ暑いのにカレーを選択したその理由が分らない。

ぶくぶく茶を想像させる冷たい「ぶくぶく珈琲」に黒糖シロップを入れて飲んだ。

iPodを聴きながら「修学旅行生と同じ便かよ…」と那覇空港で途方に暮れた。


思う存分に歩き回って満喫した首里城とその界隈(沖縄県那覇市)

ワクワクし過ぎてまったく眠れなかった。睡眠時間は1時間14分くらいだろう。

首里城へ向かうためにゆいレールに乗った。おもろまち駅~首里駅を収めた。

「あっ」と言う間に終点の首里駅に着いた。アンニュイな空気が眠気を誘った。

あろうことか守礼門が保存修理中だった。出鼻を挫かれた感じだが仕方ない。

正殿の窓から目を下にやると乳白色の琉球石灰岩で石垣の復元工事だった。

展望台からザッと見渡した。海も町も一望できて100%爽快な気分となった。

私と同じくスタンプを集めている関西人っぽい30歳前後の女性を見かけたが、気が小さいゆえに声をかけることができなかった。だが、後悔などしていない。

関西女は強暴だからだ。首里城を後にし、弁財天堂、円覚寺、龍潭を歩いた。

気になっていた嘉例山房に寄った。ここでは「ぶくぶく茶」が体験できるらしい。

せっかくなので右手で動画を撮影したが、そのせいで左手首が激しく疲れた。

琉球王朝時代に嗜まれたぶくぶく茶。美味しいものではないが風情はあった。

玉陵から首里金城町石畳道までは元気だったが識名園へ行くのは断念した。

なぜならば、死ぬほど暑かったからだ。半袖でも汗が那智の滝の如く流れた。

再び首里城に戻って一から堪能した。その後、「の」の字で有名なまんじゅうを買った。月桃の葉に包まれたまんじゅうは1個が120円で普通に美味かった。

国際通りの奥にある有名な花笠食堂で盛り合わせランチ(750円)を食べた。

3チャンネルで『十津川警部シリーズ49』が放送されていたが、暑さと疲労とビールの酔いのせいか10分の1くらいで眠ってしまったので犯人は分らない。


熱々の隠れ家あっぱりしゃんの石垣牛ハンバーグ(沖縄県那覇市)

「空を飛びたい」+「ぬくもりが欲しい」÷2=「沖縄へ行け」とお告げがあった。

ゆいレールは快適だったが、さすがに下をのぞくと足が震えて鳥肌が立った。

県庁前駅から歩いて3分のあっぱりしゃんで島らっきょうと石垣牛ハンバーグを食べた。音を立てて喉を通ったオリオンの生ビールが五臓六腑に染み渡った。

新潟出身のスタッフが気さくに話し掛けてくれた。極めて良い性格だと感じた。その後、陽が落ちた国際通りを汗を掻きながら歩き、石垣牛の消化に励んだ。


玉泉洞とひめゆりの塔と小雨の首里城(沖縄県那覇市)

予定どおり4時には目が覚めた。さすがに窓の外は暗かったので二度寝した。

午前8時5分頃。昨晩、このシーンにコシノジュンコの花火が打ち上げられた。

ちなみに、テレビで知るまではコシノヒロコだと思っていた。玉泉洞の鍾乳洞。

ひめゆりの塔。修学旅行なのだろう、中高生の引率者たちが疲れきっていた。

胃腸の具合が偏差値9レベルだったのでランチは優美堂で簡単に済ませた。

嬉しい首里城の守礼門へ。受付で「日本100名城」の記念スタンプを捺した。

曲線を描く石垣をしばし眺めていた。日本のそれとは違い、まったく興味深い。

下り勾配の石段を駆け抜ける女子高生がいたので「転んでしまえ」と念じた。

少なくともあと10回くらいは訪れる予定なので次回、ゆっくりめぐろうと思った。


琉球文化と沖縄美ら海水族館(沖縄県国頭郡)

オリオンの生ビールはとても美味しかった。ただ、それが腹痛をさらに促した。

良質な糖分を摂取するべく黒糖工場へ行ったが、意外にレトロな製法だった。

琉球村の旧仲宗根家に水木しげるが好む妖怪のような老人が微笑んでいた。

ひどく賑やかだと思ったら、道ジュネーという沖縄風パレードが始まっていた。

そして待望の美ら海水族館。ここには6年半前に一度だけ訪れたことがある。

エスカレーターを降りて海を眺めれば、尖った山が印象的な伊江島が見えた。

イルカとオキゴンドウのショーが始まろうとしていたので嫌というほど満喫した。

館内に入らずとも、外でボーっと海を眺めているだけでも楽しいかも知れない。

午後3時。その十数分前からジンベエザメの給餌シーンを目当てに大水槽の前は黒山の人集りとなった。水を吸い込む音も聴くことができ、大満足だった。

胃腸の具合が悪いことを完璧に忘れていた。だが、それは確実に弱っていた。残波岬ロイヤルホテルでウーロン茶を飲みながら重い中華料理を軽く摘んだ。

9階の部屋から打ち上げ花火が見えた。昼、ランチに寄ったマリオットホテルでコシノジュンコを見掛けたが、どうやらこれは彼女のデザインによるものらしい。


「めんそ~れ!」と叫ぶことができなかった南国沖縄(沖縄県那覇市)

何気に胃腸の調子が微妙だったが、止ん事無い事情があって沖縄へ飛んだ。

当然、自力では50cmくらいしか飛ぶことができないために飛行機を使った。

とっくに日も暮れかけていたので宿泊するJALシティ那覇で食事を済ませた。

夜の国際通りを回遊するマグロの如く歩いていたら案の定、腹痛が勃発した。