宿飯行脚一覧

熱海城と荘厳な起雲閣と熱海サンビーチ(静岡県熱海市)最終日

午前3時半起床。45分くらい眉間まで湯に浸かった。その後、朝食を取った。

JCBカードで精算を済ませると、タクシーの運転手に言われるまま熱海城へ。

絶景のビューだった。しかし、熱海城はまったく歴史がない偽りの虚城だった。

次に熱海に来ても間違いなく熱海城へは登らないだろうから360度撮影した。

秘宝館

温泉地には欠かせない秘宝館。なぜかこの人魚の前を通らないとロープウェイ
乗り場へ辿り着くことができない。作為的なものを感じるのは私だけだろうか。

そして山頂の乗り場には、あいじょう岬という確実に胡散臭い造り物があった。

ロープウェイで山麓へ下り、そこから歩いて15分で起雲閣に到着した。今回の
旅行で最も訪れたかった場所であり、その歴史についてはウィキペディアで!

とは言え、歩き回って汗だくだったので、いきなり喫茶室やすらぎで休憩した。

冷たい抹茶と栗あんの饅頭(500円)。饅頭は一口、抹茶は8秒で平らげた。

熱海市の有形文化財だけあり、深い歴史とモダンなセンスを十分に堪能した。

ローマ風浴室。最初にパンフレットを開いたとき、ローマ風俗室と読み違えた。

見事に手入れが行き届いた立派というより荘厳という言葉がよく似合う庭園。

鳥除けネットが張ってあったので池の中を覗いたが、魚など1匹もいなかった。

ここで太宰や谷崎や直哉や紅葉が筆を執ったと思うと心臓が激しく高鳴った。

いい感じに満腹中枢がサインを送ってきたので雑誌に載っていた季魚喜人の
暖簾をくぐった。壁に貼ってあるのは溝端淳平のサイン。その他、大勢あった。

デザインの美しい熱海ビールを飲んだが、その味はと言えば今ひとつだった。

きときと丼&きときと汁

きときと丼ときときと汁のセットを奮発したが、後者の味がなかなか辛かった。

そうは言っても物理的に胃は満たされたので親水公園まで這うように歩いた。

恋人の聖地という碑が立っていたが、「桂由美」という文字を見て興醒めした。

日本のモナコと呼ばれる熱海サンビーチ。ふとグレース・ケリーを思い出した。

季節外れの海岸にちょっとした風情を感じたので自らを軸に360度撮影した。

貫一・お宮の前で1枚。逆光だったので2人が色黒になってしまった。温泉に
浸かって死ぬほどのんびりするつもりが、歩き回ってかえって疲れてしまった。

次に熱海に来るときは、初島へ渡ると時計を気にせず一日を過ごそうと思う。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

平和通り商店街界隈と熱海倶楽部迎賓館(静岡県熱海市)初日

11時33分発のひかり468号に乗り、13時ちょうどにJR熱海駅に到着した。

一週間前の天気予報では雨だったが、そこは晴れ男。まったく快晴となった。

賑やかな平和通り商店街を歩いた。とにかく温泉饅頭ばかりが目立っていた。

いきなり口の中が糖分で満たされるのもなんなので、まずは練り物を食べた。

その後、すぐ隣のぬれおかき店の香ばしい醤油の香りにつられて立ち寄った。

ごまか赤しそか迷った挙句、後者のぬれおかきを買って9秒で食べ尽くした。

やっと糖分の受け入れ態勢が整ったので杉養蜂園のはちみつソフトクリームを
思いっ切りバキュームした。そこらのソフトクリームのほうが美味しいと思った。

通りの真ん中にある福福の湯(手湯)で醤油と糖分を徹底的にに洗い流した。

裏の筋には仲見世通り商店街があったが、パッとしなかったので素通りした。

満腹中枢が確実に嫌気をさしたので、10分ほど歩いて熱海銀座まで行った。

だが「どこが銀座だ?」と思うほど閑散としていた。ロマンス座は昔の映画館。

ときわぎは大正創業の和菓子屋。京都の宮大工の手による店舗は立派だが
「いらっしゃいませ」の1つもなかったので何も買わずに電光石火で店を出た。

熱海駅前に戻り、家康の湯(足湯)を5分ほど愉しんだ。間歇泉が吹き出した。

チェックインの時間も過ぎたのでタクシーで熱海倶楽部迎賓館へと向かった。

部屋には源泉かけ流しの半露天風呂があった。皮がふやけるほど浸かった。

午後5時30分。ちょっと早かったが夕食を取った。先付けから数えて11品目。

〆は、温かい白玉ぜんざいだった。このときすでに吐きそうなほど満腹だった。

満腹になると決まって凶暴になるため別館にある部屋に戻って湯に浸かった。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

西郷隆盛の史跡巡りと島津家の仙巌園(鹿児島県鹿児島市)最終日

午前4時58分。5時から入浴できる3階の露天風呂へと向かった。

左手に見えるはずの桜島は、生憎の靄で薄っすらとしか確認できなかった。

泉質が塩泉だったため、部屋へ戻るとシャワーで髪と体を丁寧に洗い流した。

朝のメールチェック。思ったとおり、大した用事もなかった。

午前7時。まだ早いのか朝食会場はまばらだった。私は4時から起きていた。

洋食にした。グアバジュースが必要以上に美味しかった。

ホテルをチェックアウトした。荷物だけはそのまま預け、史跡巡りに出掛けた。
これは、石仏十三体。数匹の猫と戯れている奇妙な男がいた。

歩いて3分後の西郷隆盛洞窟資料館。向かって左側が入り口で右側が出口。

すぐ隣には西郷隆盛洞窟。西郷隆盛は最後の5日間をこの洞窟で過ごした。

西郷隆盛が最も好んで使用した言葉「敬天愛人(天を敬い、人を愛す)」という
4文字が刻まれているJR日豊本線の城山トンネル。

腰に銃弾を受け、動けなくなった西郷隆盛は「晋どん、もうここらでよか」と言い
別府晋介の介錯で自刃。わずか49歳で生涯を閉じた終焉の地がここだった。

薩摩藩士たちを指導統率するために創設された私学校の跡。

その私学校の石垣には、西南戦争で政府軍が浴びせた銃砲弾の弾痕が今も
鮮明に残っていた。まるで『俺たちに明日はない』のラストシーンのようだった。

岐阜県大垣市と姉妹都市の鹿児島市。それは、この薩摩義士との縁だった。

悲しい歴史の上に木曽川の安全があると思うと感謝の気持ちで一杯だった。

島津家が築いた鶴丸城。今では城壁や濠、石橋だけが残っている。

西郷隆盛の銅像。この前で地元の小学生に道を尋ねられた。速攻で答えた。

遊歩道を登って城山展望台に到着した。腹が立つほど汗だくになった。

いい眺めではあったが、相変わらずの靄のため桜島がかすんで見えた。

預けていた荷物を取りに城山観光ホテルへ戻った。

すべての毛穴から汗が噴出していた。すでにチェックアウトを済ませていたが、
女性スタッフにそれとなく言うと「是非どうぞ!」と笑顔で温泉を勧めてくれた。

九州新幹線の発着点となるJR鹿児島中央駅のバスターミナルまで行った。

市営バスに乗り、かごしま水族館前で降りた。一律180円だった。

桜島フェリー乗り場の中にある味心という店で黒豚カツ丼(950円)を食べた。
わらじのように巨大なとんかつだったが、なんとか無事に完食できた。

小指1本で吐けるくらい満腹になったので、目的のかごしま水族館へ行った。
その続きは、水族列伝No.006を。

水族館を堪能した後、タクシーで仙巌園へと向かった。「西郷先生」を連発する
タクシーの運転手だった。それはそれで楽しく話を聞くことが出来た。

島津家の別邸として使用された御殿の入り口。

1500円も払ってガイドコースに参加した。なかなか趣のある別邸だったが、
屋内の撮影がNGだったのが少し残念だった。

御殿の庭から眺めた桜島と錦江湾。このような風景を見ると固定資産税という
世俗にまみれた文字が頭の中をよぎってしまうのは私が平民だからだろうか。

その背景となる山側の風景。鬱蒼とした緑が南国を思わせた。

中庭の金魚池。私だったら数匹の大ナマズを飼いたい。

1500円のその中には、お茶とお菓子の料金も含まれていた。

普通に美味しくはあったが、個人的には生ビールと枝豆がより望ましかった。

仙巌園を後にし、カゴシマシティビューの巡回バスでJR鹿児島中央駅へと。

そこから空港バスで鹿児島空港へ向かった。その後、展望レストランで休息。

19:35のJAL便でセントレアへ飛んだ。ありがたいことにこの2日間、一滴の
雨も降らなかった。直行便がなくなると辛いが、機会があればまた訪れたい。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

城山観光ホテルと市場食堂(鹿児島県鹿児島市)初日

もうすぐセントレアからの直行便がなくなってしまう鹿児島へと飛んだ。

空席が目立ったJAL便。人口密度が30%程度でとてもゆったりとくつろげた。
翼を眺める私の頭の中には当然のように城達也のあの名調子が流れていた。

鹿児島上空。昨日までは大雨だったが、この2日間は雨の心配はないと言う。

午後8時を回っても薄明るかった天文館周辺。想像より遥かに繁華街だった。

城山観光ホテルに着いた。良質なホテルでスタッフの接客も素晴らしかった。

部屋は919。シングルの予約だったが、ダブルにバージョンアップしてくれた。
だからと言って、誰かが添い寝をしてくれるわけでもなかった。

夕食がまだだったので、地元の中年女性が勧めてくれた市場食堂に入った。

チープな印象を受ける店名だったが、店に入るや否や財布の厚みを確認した。

刺身の盛り合わせ。なぜか表通りには、肉系の店が多かった。

アオリイカを捌いてもらったが、値段の表記がなかったので若干、不安だった。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

異人館と三宮一貫樓と南京町(兵庫県神戸市)最終日

歩きタバコが氾濫し、繁華街中がヤニ臭い大阪をそこそこに神戸へ向かった。

梅雨の中休み、炎天下の北野坂を歩いて有名な異人館を目指した。

2リットルくらいの汗を掻いた。行き止まりには北野天満神社の鳥居があった。

その左隣には風見鶏の館が佇んでいたが、どこがいいのか分からなかった。

目の前の広場から北野坂を見下ろした。これは、素敵な眺めだった。

狭い路地を通り過ぎようとしたら、観光客が蟻の如く上るので、それに続いた。

坂の上には「ティファニーの休日」という喫茶店があった。100%オーナーは、
『ティファニーで朝食を』と『ローマの休日』を愛するヘップバーン・フェチだろう。

他にも立派な館は多かったが、如何せん激しく暑かったので三宮センター街で
UVカットした。今更ながらアーケードの紫外線遮断効果には感心させられた。

三宮一貫樓へ入った。豚まんと呼ぶのに抵抗がある。岐阜では肉まんと言う。

大盛りの鶏の唐揚げ。食べているうちに左の顎がちょっと疲れた。

これがとても美味しかった揚げそば。大ジョッキの生ビールによく合った。

ソウルのそれとは雲泥の差で秀逸な焼餃子。呑み込めるほど美味しかった。

腹十一分目となり、食べる気力も0となったので安心して中華街の南京町へ。

6月の雨にも降られず楽しく過ごせた。だが、思い出作りには少々暑過ぎた。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

卯乃家と奈良の女と未確定なアボガド料理(大阪府大阪市)初日

ここは大阪。創菜ダイニング卯乃家で仕事の打ち合わせかたがた会食をした。

その店は、ほぼJR大阪駅前のヒルトンプラザウエスト内にあった。

交通の便が最悪な奈良県出身の2人。左から野津裕美さんと川辺真紀さん。

愛想はいいが粗相も多かった店員。ちなみに、つい先日まで川辺真紀さんの
頭にはシラミが湧いていたそうだ。感染が怖かったので一定の距離を保った。

たしかアボガドの料理だと思ったが、間違っていたら興味と仕方のないことだ。

店を出ると大阪の夜もいい感じに更けていた。しかし、まだ午後7時半だった。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

由布院温泉と由布岳と金鱗湖(大分県由布市)最終日

午前3時に起きたが辺りは当然のように真っ暗だったので、また寝た。
そして、午前6時を回った頃に部屋の露天風呂に首まで浸かった。

ちょっと熱めの湯だった。首まで浸かるのに2分ほど要した。

その後、宿の周りを軽く散策した。

朝陽にまぶしい由布岳。昨日とは打って変わって快晴だった。

遠くに立つ湯けむり。見慣れない私の目には、山火事としか映らなかった。

空気が澄み渡っているようだ。とても山々がキレイだった。

教科書で見たような風景。また景色。濃淡の緑のコントラストが実にいい。

ひとまず宿に戻って朝食。ゆふいんビールを飲んだが、普通のビールだった。

チェックアウトをし、宿を出たところに馬車が通った。

ゆふいん駅。案の定、平日だというのに観光客が多かった。

マニアにはたまらない駅舎。風情があって実にいい。

別府→湯布院までは車で来たので、次に来ることがあれば電車を使いたい。
次に来ることがあればの話だが。

駅前から金鱗湖に向かって歩いた。見上げれば薄曇の空となった。

そのせいだろうか、寒さが一段と厳しくなってきた。
左手にホカロンを握り締め、かじかんだ右手で撮影した。

どこにでもあるような風景だが、現実にはどこにもない。
変に哲学的なことを口走ったのも、きっと厳しい寒さのせいなのだろう。

湯布院とどこがどう関係あるのかまったく理解できないジブリ系。
しかし、店内は人で溢れていた。恐るべし、ジブリパワーだ。

南極の真ん中でストーブを発見したような感動を覚えた手湯。
これが真夏だったら確実に素通りしただろう。

金賞コロッケ。当然のようにそそくさと素通りした。

風情ある街並みを破壊するデザインとしか私の目には映らなかった。

目を休めるために由布岳を少し望む。

すると、その先にまた派手なデザインの五衛門があった。でも、ここは許す。

押し花のようなせんべいの製造風景。若い女性店員が黙々と作っていた。

五衛門でなめらかプリンを食べた後、さらに金鱗湖に向かって歩き始めた。

ふと手前の外国人と目が合った。別にあなたを撮影したいわけではない。

それにしても賑わう界隈。ゴールデンウィークともなるとさらに凄まじいようだ。

しかしながら、そのせいかどの商店の営業努力も100%乏しいであろう。
放っておいても全国からお客が来るのでは、それも分かる気はするが。

「草庵 秋桜」と看板があった。おそらく二束三文だった大昔からの広い土地を
先祖がたまたま所有していたのではと正直なところ思ってしまった。

こちらも立派な建物だが、看板を確かめることもなくそのまま通り過ぎた。

民芸村の門をくぐった。どうやら拝観料が要るらしいので、すぐに引き返した。

楽しみだった大分名物のとり天を食べようと小さなテナントへ入った。

これがとても美味しかった。+ビールがあれば何も言うことはない。

その店の前の川。今までに1000人は落ちているだろうと勝手に思った。

ピンクのしだれ桜が印象的だった。湯布院の桜は、すでに散り始めていた。

先週は24度もあったらしいが、今日の気温は6度だった。
由布岳の冠雪も、この時期には珍しいとのこと。

金鱗湖に到着した。いい。何もないが実にいい感じの小さな湖だと思った。

水彩画を始めたらこれを描こうと思った。これもあくまでも始めたらの話だが。

金鱗湖を堪能し終えると、来た道をそのまま折り返した。

ゆふいん駅前まで戻り、花水木という飲食店で昼食を取った。とり天定食だ。

橋の上。風が冷たく強かったが、陽は神々しく照っていた。

またいつか訪れるかも知れないが、そうそう滅多に行くこともないとは思い、
風景の画像を大量に撮った。観光化され尽くした感もあるが、いい街だった。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

地獄めぐりと関アジと豊後牛(大分県別府市・由布市)初日

日頃の疲れを癒そうと全国レベルで有名な湯布院へと向かった。

しかし、せっかくなのでそこへ着く前に別府で降りて地獄めぐりを楽しもう。
小倉からソニック19号に乗り、別府へ。

ソニックには初めて乗ったが、差し詰め線路の上を振り子のように走る
岐阜バスといったところだろうか。

それから1時間16分後、別府駅に到着。駅前の手湯。

曇り空。さっそく地獄めぐりをスタート。まずは海地獄から。

真っ青。硫黄泉が吹き出し、それが風に乗ってメガネに降り掛かる様が
私には嫌でたまらなかった。フレームが錆びる気がする。

鬼石 坊主地獄。石頭の坊主がそこかしこに居るのかとほんの一瞬思ったが、
そんなはずもない。

まるで『妖怪人間ベム』のオープニングシーンのようだった。
これが坊主の所以なのだろうか。

続いて、山地獄。思いのほか質素な感じだった。

海があるから山もないとまずかろうにと思い、設けた地獄だろうか。

なぜかアフリカゾウとフラミンゴとラマとカバがいた。

かまど地獄。犬山市にある桃太郎神社の人形と同じような造り物が。

これは見事なほど真っ青だった。この近くにあった足湯に浸かり、
石垣まんじゅうを食べた。その次に向かったのは白池地獄。

温泉熱を利用した熱帯魚水槽があった。そこに2匹のピラルクーが。

こんなところにいるとは予想外だったので、思わず動画を撮った。

そこで肝心の白池地獄と言えば、言うほど白くはなかった。

そして、ちょっと離れた場所にある最もメジャーな血の池地獄へと向かった。

今までのそれとは比べものにならないほどお金が掛かっている。

この看板の横で観光客がひっきりなしに撮影をしていたので、
その合間をぬって激写。

しかし、よく見るとここもそれほど赤くはないし、血の池とは大袈裟だろうに。
試しに一度くらい大量の赤い絵の具でも流し込んでみてはどうだろうか。

最後に、その隣の施設内にある龍巻地獄へ行った。
30~40分間隔で噴射するらしいが、ちょうど終わったばかりだった。

当然のように次の噴射を待つことなく、その場を立ち去った。

雨が降ってきた。明礬温泉へと向かった。

異様なほど韓国人が多かった。店員は韓国語が話せるのだろうか。

右手の棟は家族風呂らしく、「入浴中」と書かれた看板が掛かっていた。

湯布院町へ。町名は「湯」だが、市名は「由」。ゆえに、由布市湯布院町。
実に紛らわしい。宿は、趣きあるやまだ屋

こじんまりとした癒される空間のロビー。

夕食。別注文の関アジ。ぷりぷりで美味しかった。この場合、
「プリプリ」よりも「ぷりぷり」のほうが表現としては正しい気がする。

豊後牛も出たが、やはり魚のほうが格段に美味しく感じた。


※アクセス制限(dandysugiyamaがYouTubeにログイン状態時のみ視聴可能)

最近、口から食べるのも疲れるので、ときどき鼻から吸引したくなる。
当然、一度もやったことはないが。

この後、部屋にある露天風呂に肩まで浸かった。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

続・小春日和の富山にて(富山県富山市・魚津市・滑川市)最終日

富山の2日目。午前6時に起床し、6階の自動販売機でペットボトルを買った。部屋がひどく乾燥していたので、一気に飲み干したら案の定、むせた。

また、部屋中がまるでホルマリン漬けのようにアルコール臭かった。その臭いでさらに酔いそうだったが、胃腸は2時間で飲める状態に戻った。

富山市役所の展望室へとエレベーターで昇った。晴れていれば立山連峰が見えるらしいが、岐阜県人は日頃から山を見飽きているので興味も薄い。

路面電車に2区間だけ乗った。西町で降りたが、どれだけ乗っても200円。

創業80年の池田屋安兵衛商店に入った。体に魂を返してくれる反魂丹という薬を販売している。

何代目かは存じ上げない店主が、こちらが頼んでもいないのに丁寧な解説付きのパフォーマンスを見せてくれた。

そこで、ちょっとやってみて下さいと言われたので快くやってみた。

店主曰く、素晴らしい出来栄えとのこと。たった1円にもならないが、こんなことでも褒められると嬉しいものだとつくづく感じた。

ブラックラーメンの本店。店の前に立つだけでしょっぱいニオイがした。この場合、「匂い」と「臭い」のどちらが的確な表現なのか迷ったのでニオイにした。

私もネットでたまに買う杢目羊羹の鈴木亭があった。

まだ午前11時だったが、氷見が本店のきときと寿司に入った。

寿司も美味しかったが、白海老の味噌汁が印象に残った。ただ、もう少し量が少なくてもいいのでは、とも思った。最後は砂利を食べているような気がした。

この後、予定外の魚津水族館へと向かった。詳細は、水族列伝No.003にて。

空と海。天候にも恵まれたので、ここで何も考えずに過ごしてみたいと思った。だが、半日もすると塩分が体の表面に付着すると思うと真剣にゾッとした。

デザイン豊富なかまぼこで有名な梅かまのU-mei館へ入った。実にさまざまなかまぼこがあり、何気に愉快な気分になった。

実際に作っている工場内が見学できた。

わざわざガラス越しに近寄り、手際のよい仕事を見せてくれた。ガラス越しなので会話も質問も一切できないのが残念だったが、訊きたいこともなかった。

岐阜へ向かう特急しらさぎ14号(16:11発)の中。車内でます寿司を買ったが、想像以上に量が多くて努力と根性で完食する頃には確実に飽きていた。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

2月なのに小春日和の富山にて(富山県富山市)初日

北日本と勝手に自称する富山県へ向かった。富山へは過去に2回ほど訪れたことがあり、2回も行けば十分だとは思っていたが、また行くことになった。

JR岐阜駅にて特急しらさぎ7号。うっとりするくらいの実に美しいフォルムだ。動画を撮ろうと思ったが、今日のところはやめておいた。

12:18発の特急だったので、車内で幕の内弁当&缶ビールを買った。

15:28着。ここが和歌山駅でもおかしくはない、ほとんど特徴もない富山駅。駅はその地域の顔なので、もう少し個性を出してもらいたいものだ。

と思っていたら、路面電車が走っていた。これはかなりポイントが高いだろう。

ホテルへ向かう途中で遭遇した富山城址。次回はじっくり観たい。あくまでも次回があればの話だが。

午後6時を回った頃、幻想的な富山城址。

ここで一句ひねろうと思ったが案の定、何も浮かばなかった。

鯛家という生け簀のある料理屋に入った。どの角度からも真っ黒な物体にしか見えないが、ホタルイカ三昧。

白海老。富山では、昔はオキアミと同じ扱いだったとか。そんなことよりレモンを絞った後に、その汁が染み付いた指先の匂いを嗅ぐのが異様に好きだ。

不気味に映る富山湾の深海魚@げんげの唐揚げ。ゼラチン質の権化のような魚なので、揚げたそばから食べないと旨味が逃げるらしい。

中田由美子さん。40歳。旦那を皮肉った川柳を詠わせたら、北日本で1、2を争う逸材の持ち主。しかし、その需要は極めて少ない。

富山湾の刺身5点盛り。ホウボウがとても珍しかった。私にとってのそれは、水族館で愉しむ観賞魚の貴重な1つだ。

〆としてホタルイカのお茶漬け。しかし、この頃には酔っていて食べたことすら覚えていない。その後、小さなお好み焼き店に入った記憶が薄っすらとある。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加