達観雑記一覧

ムダな抵抗と努力はしない

あの頃のどん兵衛は良かった。うどんが苦手だったこの僕が「う、うめぇ!」と唸ったそれは、昭和40年代前半のパンツのゴム紐のように硬くて歯応えがあった。それが今では変に高級感を出したがゆえに柔らかくて僕好みではない。そんな愚痴をこぼしていた父に「だったら5分じゃなくて1分で食べればいいじゃん」と次女。おぉ、娘よ!生まれて24年目にして初めて父に貢献できそうだね。とは言え、万が一のことを考えて今回は1分半にした。「万が一って例えば何?」「ハハハ、知らんがな」。するとパンツのゴム紐、復活!お話は変わるが、このところまた腰痛がひどくなってきた。はい、ご遠慮なく一斉に心行くまで心配してOKだよ。でもね、この僕は完治や根治を望まないどころか、そうすることの弊害すら危惧してしまうんだ。この僕のモットーのひとつに「世界平和と半径2メートル以内の幸せ」があるが、その他には「生きたもん勝ち」と「ムダな抵抗と努力はしない」というのがある。肉体的にも精神的にも我が身に起こるすべてを受け入れるとまったく腹も立たんし腹も減らん。だから、必要以上にすこぶる体調がいいと「どこかに苦痛をもらたしてバランスを取ろう」と自然に意識が働き、どっかかしかが痛くなる。要は、生きてりゃいいんだから。で「どっかかしか」って杉山家限定の方言か?まあいい。過去にレディー・ガガをいじって【ムダな抵抗はしない(有益な努力は惜しまない)】とバシッと具体的に語っている僕はあまりにステキさ。

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本当の豊かさについてタダで語ろう

そろそろ年賀状でも書くか。当然、お年玉くじの抽選に外れた年賀状を使うけど(爆)。冗談が通じなさそうな連中には早めに出したが、失ったところで僕の人生に1ミリも影響を及ぼさない連中にはまだ出していない。そもそもそんな連中に出す必要もないけどね。お話を2秒前に戻そう。ネットでお年玉くじの当選番号を調べたら、次女に届いた中から2枚だけ切手シートが当たっていた。ふぅ、これで平成4年から続いている切手シート連続当選記録が途切れなかったよ。が、問題は君たちだ。いいかげん、少しくらいはこの僕のお役に立ったらどうなんだ。ったく・・・。で、この僕に届いた年賀状の中に、4年前に「虚しくてたまならい」と相談してきたG社長の1枚があった。豪邸に住み、高級外車を乗り回し、美しい愛人も2人いた。その当時、僕はこう答えた。「あのね、豊かさは増えることでは得られないんだよ。今あるものを失ってはじめて気付き、そこで感じるものなんだ。預金通帳の残高が増え続けているときはそれを維持しようと必死で頑張るよね。でも、それを失ったとき『あの頃は豊かだったね』と気付く。だから、豊かさの満足感は絶えず過去形なんだよ。そこで提案だが、美しい愛人を1人この僕に無償で譲り、半分にすることによって本当の豊かさを味わってみないか」ってね。そんなことより右側の広告が気になった。うそっ、僕、53歳だけど・・・。

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海外進出したいって!? ~こっちで食えないから、あっちへ逃げているだけ

お正月の余ったお餅を細かく砕いて揚げると美味しいね。「狼は生きろ、豚は死ね」は映画『白昼の死角』のキャッチコピーだが、21世紀に残したいこの僕の名言のひとつに「使えぬ豚は肉になれ、買わぬ客は縁を切れ」というのがある。これは著作権フリーなのでご自由にお使いください。でも、1円でも払いたいと言うなら払ってくれてもいいんだよ。狼=勝ち組、豚=負け組というわけではないが、ベトナムで頑張る日本のお笑い芸人がいるそうじゃないか。元PTAかAKBか知らないけどインドネシアのジャカルタで大ブレイクしている日本人のアイドルがいるそうじゃないか。我思う「そうまでせんと食ってけんのか?」。自分の力を試したいからと大谷翔平がメジャーリーグを目指すのとはわけが違い、ほとんどの場合、こっちで食えないからあっちへ逃げているだけだ。岐阜で何不自由なく食っていける奴は、魑魅魍魎がうごめく東京や大阪なんぞにわざわざ行かねぇよ。自宅で食っていける奴は、満員電車に揺られてまで会社になんか行かねぇよ。究極は自分の布団の中で食っていける奴だよ。ド素人の腕試しは所詮、真夏の夜の肝試しと以下同文で泣いて帰ってジ・エンド。ちゃんとフツーに日本語で考えればね、こっちで食っていける道など3年前の牛乳が腐るほどある。

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SNSのアイコンに見るナルシスター(※)たちの深層心理

「味噌煮込みうどんにトッピングする具材は、自分にとって何が最も理想的なのだろう?」と誰でも一度くらいは疑問に思ったことがあるだろう。今夜の僕はカキを選択した。目の前に巨大なエビ天があるというのに実に勇気ある選択だと自分で自分の頭をいーこいーこしたった。このような言動から「自己肯定の権化」と身内からも揶揄されるこの僕だが、自分で自分を肯定しない、いやできない、もっと言えば自分で自分の存在を否定している愚か者たちがすっげぇ嫌いだ。そう、ジャパニーズの自己肯定感の低レベリーっぷりは世界でもトップクラスのようで、そのひとつの表れがSNSなどに用いられるアイコンだがね。多いよね、自分の画像を使わないバカが。お前は犬か?この僕には猫や鳥類の知り合いなどいなければ、花や草木などと談笑したこともない。ま、ときどき海とは語り合うロマンチッカーだけどね(爆)。以前、海外で「日本人の父親は犬」という小バカにした話題で盛り上がったのは記憶に新しい。ソフトバンクのCMだよね。この僕もソフトバンキーだけど(爆2)。もっと嫌いな種族は、アイコンの画像をしょっちゅう変える奴。この手の連中は現状に不満を抱き、ネット上で行き場のない怒りと欲望のはけ口となる獲物を物色しているデンジャラシーマン、つまり要注意人物っちゅうこっちゃがな。(※)ナルシスター:特に厄介な女子のナルシストのこと

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残り物には福がある大作戦

今日はたまたま親子丼を食べているこの僕だが、これが「カツ丼、鰻丼、天丼、親子丼、ハゼドン、海鮮丼の中から好きなものをひとつだけ選べ」と言われたら果たしてこの僕は親子丼をアラブだろうか。アラブ?いやいや選ぶだろうか。ちなみに、アニメ『ハゼドン』の中のキャラ@ハゼドンの声は「ドラえもん」の大山のぶ代、プーヤンは「スネ夫」の肝付兼太、ター坊は「のび太」の小原乃梨子だった。いい時代だった。二度と戻りたいとは思わないけど。お話は戻そう。そのとき目の前にある「絶えず一番好きなもの」を選べばいい。すると2回目に食べるときは「残った中から一番好きなもの」を選ぶことになり、3回目に食べるときは「さらに残った中から一番好きなもの」を選ぶことになる。そうすれば、最後のひとつまで「一番好きなもの」を選んだことになる。これを「残り物には福がある大作戦」とこの僕だけはそう呼んでいる。で、これを昭和末期に大流行した合コンに応用してもOKさ。最初に一番好きな相手を選んで蹴られ、次に一番好きな相手を選んで蹴られる。蹴られ続けているのに「(残った中から)絶えず一番」を選んでいるので悲壮感どころか達成感すらある。

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相手によって変える会話の山場@コロンボ型と火サス型

この場合、山場は「クライマックス」と読んでほしい。今夜のカレーはビーフにしようか、それともチキンにしようか・・・。このように人生の岐路に立つことは誰にでもあるだろう。そう、何事にも選択肢は2つ以上ある。そしてこの僕曰く、刑事ドラマにも2つのパターンがある。ひとつは『刑事コロンボ』や『古畑任三郎』などのように最初から犯人及び殺害方法が分かっていて、主人公がそのトリックを紐解きながら犯人にたどり着くまでをドキワクで楽しむコロンボ型。もうひとつは『火曜サスペンス劇場シリーズ』のように最後の最後まで話を引っ張ると午後10時45分くらいに東尋坊の崖っぷちで「そうですよね、幸子さん」「えっ!まさか幸子さんが真犯人だなんてウソでしょ!」という案の定の展開に大いに満足する火サス型。ま、コロンボに対するならアガサ・クリスティーのポワロ型のほうがしっくりくるかもしれないが、まあいい。僕は2つのパターンのどっちも好きだ。で、ビジネスでもプライベートでも「あの人ってせっかちだからコロンボ型で話そう」とか「いやいや、せっかちだからこそ東尋坊から突き落としたれ」と相手によって話の山場をどこにもってくるか予め考えておいてから面と向かうと『西村京太郎トラベルミステリー』の村川透監督のようにストーリー展開を楽しめるだろう。ちなみに「ナイスですね~」の村西とおる監督ではないので念のため。

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知らず知らずのうちに親しい友人までいなくなるその理由

昭和末期の頃とは違い、今の時代は嫌でも誰かと何かしらつながってしまっているのが実情だろう。嫌だよねぇ、そーいうの。生理的に無理なんだよ、僕。だからこそブチブチと音を立てて手当たり次第に縁を切りたい衝動に駆られる僕がいる。だが、いくら切っても新しい芽がすぐに出て来やがる。ってことで、積極的に縁を切って身ぎれいにしよう。この僕は自己肯定と自己満足を繰り返して生きて行きたいだけなので、第三者の存在なんかノミのすね毛ほども興味も需要もない。ま、ノミにすね毛があればの話だが。誰にも期待せず、誰からも期待されない日常が理想なんだよね。例えば、ブログでもメルマガでもそうだが「勇気と元気が出ました。ありがとうございます!」と安い感謝で近づいてくる読者が揖斐郡揖斐川町の真夏の夜の電灯に群がる昆虫のように多かったし今でも多い。で、本当に救われたなら黙って金払え。原価は0で縁を結ぼうとするな、この野郎。こっちは自己肯定と自己満足のためだけに書いているんであってボランティア活動は趣味じゃない。と、まともな君たちなら思うよね。へぇ~、そうなんだぁ。僕はそこまで理不尽な要望は押し付けないけどね。ハハハ、平成30年もそんな奴ですこの私。はい、ちょっと長めの巻頭文はここまでです。ベリー・インポータントなポイントはね、そいつの友だちのことが嫌いだから、次第にそいつ自身まで嫌いになっていくんだよ。「なんでそんな得体の知れない連中と付き合ってんだよ、ったく・・・」って感じでね。そーやってお互いが気付かないうちに小さな溝が生まれ、ふと気付いたときにはマリアナ海溝よりもズコーンと深くなっているため元に戻ることは絶対に無理。友だちの友だちは所詮、そこらの他人。そして、大切な友だちもそこらの他人のアップデート版に過ぎないと思っていれば何気に気も楽よ。そんなことより残り物の冷ご飯で作ったエビピラフはエディット・ピアフが歌う『愛の讃歌』と同じレベルですっげぇ美味いし限りなく原価は0に近い。

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ビートたけしの『バカ論』に見る理想の生き方は森田ジョージ

随分前にUSJのお土産にもらったスパイダーマンのマグカップで冷めた柚子かりんティーをちびりちびり飲みながらAmazonで買った『バカ論』を読んでいる僕がいた。たけし曰く「明石家さんまはしゃべりは天才だけど、いかんせん教養がない」というのが笑えたし納得もした。お笑い芸人の中では、個人的にはやっぱ島田紳助はダントツに面白い。今でもYou Tubeで当時の映像をたまに観ている僕がいる。松本人志はいくら辛辣なことを言っても分母に学の乏しさが垣間見えるのが残念ちゃん。タモリと所ジョージに関しては、趣味は徹底するけど「仕事は極めない」感は素晴らしい。これは生きて行く上でモーレツに参考になるだろう。高田純次はテキトーを極めようと必死こいて頑張っているから見ているこっちまで疲れる。よって、この僕が目指す立ち位置はタモリと所ジョージを足して2で割って軽くシェイクした感じの森田ジョージに5分前に決定した。まだ17ページ分しか読んでいないけど、これだけ生きるコツをつかめば十分だろう。ってことで、この本はレッツ・メルカリ!

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特盛どん兵衛を食いながらプレッシャー対策について語ろう

午後4時半、毎年恒例の年越しどん兵衛を夕食代りにチャッチャと済ませた我が家だった。説明しよう、東海地方では「サッサと」よりも「チャッチャと」のほうが生活に密着している感がある。だから、そんなことはどーでもいいんです。そして今年の杉山家はちと違う。なんと麺が28グラムも増量@特盛どん兵衛だよ。それだけ体に悪いんだよ(爆)。そんな豪華なディナーの真っ最中に職場でちょっち責任のあるポストに就いたばっかの次女とプレッシャーについての会話を楽しんだ。まぁ、入社して5年も経てば嫌でもそーいう立場になるよね。この世に存在している限り、プレッシャーはストレスと同様に「0」ということはあり得ない。期待されるのもプレッシャーだが、期待されないというのもひとつのプレッシャーだ。そこで上司や部下、同僚など周りからのプレッシャーをバシッとはねのける方法がひとつだけある。それは、それ以上のプレッシャーを自分で自分にかけること。しかし、その際に下手にやり過ぎると逃げ場のない漆黒の闇へと自分自身を追い込んでしまうことがある。この僕の場合、ちゃんと弘道は逃げ道を作ってあるのさ。で、どうにもこうにもならんかったときは、最後は逃げりゃええ。

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使うべきところで使っていない「感謝」という言葉

さすがのこの僕も帰省ラッシュでクタクタだよ。だって実家まで大股で13歩の距離があるんだよ。往復で26歩だぜ。ったく、疲れる。世間では帰省する際、先日の新幹線の台車に亀裂が見つかった件で「怖いから本当は新幹線に乗りたくなかった」などの厳しい声が多いそうじゃないか。だったら乗らなきゃいいのに。事故が起きるかどうかビビりながら乗るのは、イチかバチかでフグの肝を食うのと同じくらい怖くてさぞかしおツラいことでしょう。日本は山が多くて線路のカーブもかなりあるけど僕と同い年で53歳の東海道新幹線君は死亡事故が皆無に等しく到着時刻が1分でも遅れようものなら次の駅に着くたびにお詫びしまくっている。インドなどその日のうちに電車が来るかどうかも分からないそうだし、中国の高速鉄道はそこらの遊園地のアトラクションよりもスリルとサスペンスに満ち溢れていると言われているし。当然、大惨事につながる事故など言語道断だが、日頃の安全や平穏を当たり前のことと思っておられる奇特な方々がお騒ぎになるのなら乗らなきゃいいのに。この僕はと言えば、スマートEXのアプリを愛用しているくらい新幹線を確実に愛しているから吐くほど乗るけど。何かひとつでも起きると騒ぎ立てる。これが平和ボケと言われる所以でもあるのだろう。業務連絡です。岐阜タカシマヤの地下で買った1500円もしやがるステーキ重弁当のお味は偏差値47レベルでした。

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