達観雑記一覧

一日1スイーツに挑戦

午後のスイーツタイム!そして私の部屋の北北東に置いてあるゴミ箱だ。30分間でてんこ盛りとなった。潔癖症の特徴は、ティッシュを多用することとゴミを一点に集中させることだ。2013年度の潔癖症白書の36ページにもそう書いてある。手帳、ペン、熱中症予防のアクエリアス、卓上ライトの角度などは1ミリの狂いもなく昨日と同じだ。それが私のルールです。ただ、ゴミ箱の中は治外法権でティッシュの投げ入れ方も自由だし、ティッシュに鼻血が付着していようが湿気ったポテトチップスが入っていようがゴミには変わりないので一切構わない。ここまで書いてふと思ったんだが、ついて来れるかい?とにかく私は手が汚れると何もヤル気がしなくなる。ロールケーキの箱を開封するとき一瞬、スポンジ生地が手に触れたので断腸の思いで素手で食べた。その後、5分間は手を洗い続けた。海外旅行の必需品はパスポートよりもウェットティッシュ。さ、またキーボードを触ったから手を洗ってくる。

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情事狂人のひとり言

今日の僕は機嫌がいい。何があったかって?「それは秘密です!!」by 桂小金治風。ハハハ、古~い!昭和45年生まれ以降は無理だな。新荒田川でティラピアを釣ろうとして糸を垂れたらヌートリアが釣れちゃった♪というレベルのいいことだ。とにかく酔っているせいもあって機嫌がすっげぇいい。そこでだ、カタチだけの友達の君たちへ日頃のご愛顧に感謝してプレゼンツを贈ろう。そう、これはスマホの待ち受け用の画像だ。イオンモール各務原内の和食屋でヒレカツをむさぼっている画期的なシーンだが、今は亡き平山郁夫画伯に描いてもらったらおそらく数千万円の価値はあるだろう。ま、描いてもらったらの話だが。魅惑のタイトルは『情事狂人(ジョージ・クルーニー)のひとり言』が打って付けだろう。また、このヒレカツの上にはチーズがのっているんだ。今回は小さい画像だが、そのうちパソコン用の壁紙画像も贈ってあげよう。ハハハ、いいから今日のところは遠慮はするな。

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バカの金

ホットサンドからチーズの糸を引いた。SNSなどで「やればできるよ」とか「みんなで協力すれば夢は叶うよ」とか励まし合っている愚か者たちを垣間見ると脳貧血を起こしそうになる。だったら、東京タワーを延髄蹴りで倒せるのかよ?みんなで協力すれば素手で空を飛べるのかよ?と僕の友人の虫ちゃんなら思うだろう。話は変わって「バカの壁」ならぬ「バカの金」という発想をすれば景気は良くなる。年俸何十億と稼ぐNBA選手の8割以上が引退後に破産してやがるし、プロ選手に限らず大金を手にした人間ほど悲惨な末路をたどっているのは周知の事実だ。なぜだか分かる?金銭感覚がマヒした連中は湯水の如くお金を使うからだ。「入った以上に出せばコケる」という小学3年生でもできる簡単な算数が理解できないんだ。でも、それは非常にありがたいことなんだ。だって賢い奴は1円単位でお金をケチるんだよ。だからこそ、もっともっとバカに大金を集中させれば、それ以上の過剰な消費行動を伴うために世の中の景気はパーッと派手によくなる。これを「バカの金」という。

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今日から20年以上はお世話になるエコキング

各務原イオンモール内のJoshinで購入した冷蔵庫が届いた。今まで使っていた冷蔵庫は推定23~25歳で「ナショナル」だった。フツーに使えたが電気代は相当掛かっていたと思うし、時々コンプレッサーが「ブルルンッ」と鳴ったので爆発する前に買い替えることにした。今回の冷蔵庫も松下電器製だがブランドはパナソニック。これで我が家にあった唯一のナショナル製品が去り、昭和がまたひとつ消えた。保守派の典型ともいえるトヨタの利益は2兆円だというのに旧松下電器は何が原因で負け組の代表格になってしまったのだろうか。そんなこと真剣に聞いていないので絶対にコメントはいらない。以前、懸賞で当たったシャープのヘルシオ調理器の愛称をレッドキングと名付けたが、今回の冷蔵庫の愛称はエコキングと名付けた。エコの王様という意味とウルトラセブンに登場したエレキングをかけた名前でご満悦だが、どうせこの商標も誰かが取得しているだろう。これについてのコメントもいらない。

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生ビール1杯と5皿が限界だったはま寿司

ここだけの話だが、車検のために車を届けに行った帰り、本巣郡にあるはま寿司へ引き込まれるように入った。そこだけの話だが、生ビール1杯と5皿が限界だった。そっちだけの話だが、学生時代は1日5食でとんかつばっか食べていた。あっちだけの話だが、弁当箱を開けると見事な茶色だった。そんな私がだよ、5皿で吐くほど満腹になったんだ。もう死んだほうがいいかもしれない。愚か者め、私は絶対に死なん。名探偵はコナン。124歳まで生き続けてやる。13年前、中途半端に値打ちな占い師に寿命を占ってもらったら予想をはるかに下回る年齢だったので124歳で手を打ってくれと言って1000円余分に払ったんだ。いいかい、マジで。私は占い師さえも自由自在に操ることのできる中年Hだ。ちなみに、少年Hをパクったもので変態中年という意味ではないので念のため。だから、124歳まで生き続けないと1000円も損するんだよ。しかし、食べられない。5皿目のアジを食べているとき、私の左横を一定の速度で回っている寿司がすべて生ゴミ以下に見えた。

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『半沢直樹』と『水戸黄門』の相関関係

午前3時から録画してあった『半沢直樹』を一気に観たが痛快で面白い。原作者の池井戸潤は、岐阜県八百津町の出身で私の1つ上だ。おそらく昔、美濃加茂市内にあるブロンコビリーのサラダバーですれ違っただろう。また、JR美濃太田駅で釜飯を販売するおじさんはきっと学生時代の彼を見ているはずだ。それくらい田舎なんだよあっち方面は。岐阜市と八百津は東京で言えば新宿と小笠原諸島くらいの差はある。だからなんなんだよ。『水戸黄門』が大好きな日本人には勧善懲悪主義は確実にウケる。また、単なるいい人だけではなく「やられたら倍返し」というハムラビ法典っぽいキャッチも実に小気味いい。さらに東京ではなく大阪を舞台にしたところが超ニクイ。映画の出来不出来は脚本と監督で95%決まるが、このドラマの演出もなかなかのもんだと思った。そこで全国にいる半沢直樹に言いたい。同姓同名だからといってキサマが優秀というわけではない。勘違いして調子に乗るんじゃねぇぜ。

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腐っても鯛

会社を辞める理由の多くは、仕事内容ではなく人間関係というのは周知の事実だ。では、人間関係とは何なのだろうか。「今日は29日だから30番の前田、答えてみろ」「えー!先生、なんで30番なの?」という嫌がらせを受けた生徒は結構多い。社内に仲の良い同僚がいればいいのか?懇意にしている顧客があればいいのか?答えは、高木ブー!違いますよね。人間関係というのは「期待する人がいる」「期待してくれる人がいる」の2つを言う。このどちらか1つでも存在すれば首の皮一枚つながることができるのだが、両方とも失うと辛いことになる。ただ、それは人間関係の中身を知らなかったからで、この2つが原因だと知ることにより「期待しない、期待されない」を積極的に受け入れてみてはどうだろうか。それで割り切ることができれば、これほど楽なサラリーマン人生はない。ただ、それに耐えられる人間は佐渡島のトキの数より少ない。バカな連中のために死ぬことはない。最後は辞めれば済む話だ。

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理不尽な猛暑と戦うビーフカレー

先日、永井が送ってくれた玉ねぎとじゃがいもでビーフカレーを作った。ちなみに、ビーフはこちらで用意した。そーいうところがあいつの惜しいところで、今ひとつ私からの評価が伸び悩んでいる。どう見えるか知らないが、こう見えても私は自分に利益をもたらしてくれる友人だけは50万円以上の有田焼並みに大切にしている。私は、そーいうヘドが出そうなほど嫌味な男なんだ。なぜこのように自分で自分を極悪人のように言うのか分かるかい?それは「わざわざそんなこと言う人って本当はいい人なのよね」と思われたいからだ(※1)。あ、この言い回しって前にも使ったようなそんな気がする。いいんだよ、どうせネタも幼稚でボキャブラリーも少ないのろまな亀なんだから。なぜこのように自分で自分のことを卑下するのか分かるかい?(※1をリピート)。パトラッシュ、もう疲れたよ・・・。今日はモーレツな暑さでキョーレツに体がだるいのでルーベンスの絵が目の前に現れる前に、寝る。

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HANA-BI

今日の私は歴史的に機嫌が悪い。6時間前に「郡上八幡まで流しそうめん食べに行かない?」と友人から電話で誘われたからだ。な、流しそうめんだとぉおお!”当然、断った。竹樋に流れてくるのは他人の唾液にまみれたそうめん。ひょっとしたら他人の箸に引っ掛かったものがすり抜けて流れてくるかもしれない。想像しただけで右腕が鳥肌で左腕が鮫肌になりそうだ。もし仮に私が行くとすれば、必ず一番上の上流か、熟女または熟々女と2人きりのシチュエーションしかあり得ない。誤解しないで欲しい。私は郡上八幡をこよなく愛している。春先のスギ花粉と真夏の郡上踊りさえなければ住みたいくらいだ。人ごみが苦手なので郡上踊りは国府宮のはだか祭の次に生理的に受け付けない。また、その友人を恨んでもいない。そんな誘いを受ける自分の未熟さに腹が立ったんだ。人ごみが嫌いだから今、長良川の花火を自宅から見ている。今宵はジョン・コルトレーンが奏でるサックスの甘美な響きに身も心も救われた。

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久しぶりの納豆・オン・ザ・ライス

久しぶりの納豆・オン・ザ・ライス。思い起こせば1ヶ月前、健康診断の結果を良くしようと画策し1週間ほど続けて納豆を食べた。それにより採血時に倒れたことは3分前のことのように記憶に新しい。それ以来、軽いタイガー&ホース状態となり納豆を口にしていなかった。そう、トラウマだ。ただ、誤解しないで欲しい。決して納豆が悪いわけではない。納豆を偏愛し、全幅の信頼を寄せ過ぎた私のミスだ。48年間で唯一のミスだ。納豆を箸で時計回りに混ぜるのが私のルールだが、今日は初めて反時計回りで試みた。ふ、まだビビってるな。そのとき私の形の良い前頭葉にセルジオメンデス&ブラジル66の『マシュ・ケ・ナダ』が流れた。「Mas Que Nada(おい、どうしたんだい)」と。今日も蝶の舞いの如く美しく決まった。だが、本当にこのような意味なのかどうかは知らん。

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