達観雑記一覧

サイゼリヤのシナモンフォッカチオで値打ちな乾杯(岐阜県各務原市)

そのとき僕はフィレンツェの石畳を一定のリズムで歩いていた。15分後、ウフィッツィ美術館の『ヴィーナスの誕生』の前でヒンズー・スクワットをやっている自分に気が付いた。それはまるでボッティチェッリの鮮やかな筆遣いが僕をそうさせてしまったかのようだった。ふと右隅に目をやると松田聖子を5発くらい殴ったような顔の女性監視員と目が合った。(この物語は悲しいくらいノンフィクションです)午前中に2箇所のお見舞いに行き、それから各務原のサイゼリヤでデカンタの赤ワインを飲んだ。すると私の中のイタリア系遺伝子が活発にブラウン運動を開始した。190円で結構、酔えた。私の場合、顔の下半分がジャン・レノで、上半分はジョージ・クルーニーなんだけどつなぎ合わせると典型的な日本人なのよね。中学時代は給食の揚げパンが大好きで、今でもシナモンの粉末をアイシャドーにしたいくらいこよなく愛している。よって、シナモンフォッカチオはそれなりに美味しかった。私の食事代は489円だった。

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杉山家直系尊属に対する遠隔操作による新種のイジメ

前回、一部の心無い者から「はんぺん」と呼ばれた我が家のナンだが、これはある意味、新種のイジメではないだろうか。または、杉山家直系尊属に対する遠隔操作による冒涜かも知れない。冒涜(ぼうとく)は、読めるけど漢字では書けない。きっとその者にはバチが当たるだろう。ってことで、今日はちょっと薄く焼いてみた。すると血糖値が気になるいったんもめんのようになってしまった。まぁ、いろいろと疲れた。いつもはビーフかチキンだが、今日は初めてベジタボーにした。特に理由はない。しいて言えば、時代が私にそうさせたのかも知れない。夜風よ、今夜もこんばんは。こんばんはの「は」は、「わ」ではなく「は」だ。

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トルバドゥールの憂鬱

「お前、痛々しいな」と「お前、痛い奴だな」のどっちが重症なのか考えたこともない甘党ソムリエの杉山です。そう、社長専属コンサルタントはアルバイトです。今までに50食以上は転がしただろうコメダ珈琲店のシロノワール。今日も五感でテイスティングしてみました。「う~ん、真夏の炎天下に放置されたスプリンタートレノのボンネットのように気を失うくらい熱いデニッシュ生地をそっと覆う地中海に浮かぶマルタ島を徘徊する雨に濡れた秋田犬のすがすがしい香り漂うソフトクリームとの相性が矢口・中村夫婦のように対峙しているかと思いきや、土屋鞄の職人が入念になめした豚皮のような絶妙のコクとキレが中途半端に酔った私を孤高のトルバドゥール(吟遊詩人)へといざなって行く珠玉の逸品だ」いかがでしたか。あなたの心と体を10000ボルトのスタンガンで地道に溶かしてみたい甘党ソムリエのカカオマス杉山でした。

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アカデミックなパンデミック

朝方の3時から仕事をしているので体感的にはすでに昼。標準時間を2時間早める云々で物議を醸しているが、個人的にはウエルカムとまでは言わないまでもノープロブレム。カップラーメンと一番搾りで孤独を紛らわしながら地味ぃ~な作業をやっていた。缶ビールや缶ジュースなどを飲むとき、ちゃんと飲み口をハンカチやティッシュで拭いているだろうか。あんなもん何が付着しているか分からない。電車内やコンビニの前で地べたに座る連中がいるが、みんながトイレに入った靴で歩き回った地べたに直接座るなんてわざわざO157を体にこすり付ける愚考としか思えない。恐ろしいのは、そのまま自宅のベッドやリビングに座ることだ。それを想像しただけで、まさに私の中ではパンデミック真っ最中。そんなことを考えながら地味ぃ~な作業をやっていた。寝る。

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カロリーメイトのXデー

「君って賞味期限ギリギリだね」「ふざけないでよ、このゴキブリ野郎!」「誰がオイリーな昆虫なんだよ!せめて哺乳類のカテゴリで言いやがれ」という建設的な会話を楽しんだことはありますでしょうか。遠い昔、誰もがみんな一度や二度くらい刺されかけたこともありましたっけ。柔道で受身の練習を一生懸命にやっていて本当によかった。だから、そんなことはどうでもいいんです。非常食用のカロリーメイトをチェックしたら賞味期限ギリギリだった。私は開封したものでも個別に油性マジックで明記している。まぁ、消費期限ではないし、それが半年くらい過ぎても平気だろうが几帳面な性格上、時間厳守にはこだわる。最低でも飛行機は2時間前、新幹線は1時間前に待合室で座っていないと落ち着かない。ってことで、今夜のディナーはカロリーメイトといきますか。

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ボーダーライン上の中途半端な人々

はい、小さな会社が生き残るためには多くの人から嫌われることが肝心だ。ある市場で1%の顧客を獲得すれば大成功なのだが、その「ある市場」とは日本全体の1%にも満たない市場だ。この場合は「いちば」ではなく「しじょう」と読んでほしい。1%にも満たない市場の中でわずかたった1%を獲得すれば大成功ということは、関わる人間は限りなく少数でOKということだ。それなのに万人に好かれようとするから「平均点の中途半端な商品や仕事」しかできないんだ。ネットで全国に顧客が増やせるというのは、あくまでも単なるツールの可能性のひとつに過ぎない。それは売り手や商品の個性ではない。生き残るためには思いっ切り尖(とが)らなければならない。そのためにはすっげぇ多くの人間から嫌われる発想が奏功すだろう。寝癖のまま洗車をしながらそんなことを考えていた。そして僕はと言えば、選挙権のない犬猫を含め万人から好かれようとしているのに大多数から微妙な距離を置かれている。どーゆぅこと?まあいい。平均点はボーダーラインの底辺で合格点ではない。

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