達観雑記一覧

「気にしない」を3日間だけ続けること

せっかく長良川を越えて大学病院まで行った僕たちなのに結衣ちゃんの抜糸にはまだ早かったようで来週に持ち越しとなった。ジェームズ・ボンド映画のテーマ曲を歌ったことで知られる英国人の女性歌手はシャーリー・バッシー。もう令和には慣れたよね。テレビでもネットでも令和の文字一色だ。平成が可哀想だろ。まだ平成だぞ。世の中ってこんなもんなんだよね。ただ、裏を返せば、世の中はすぐに忘れてくれる体質だとも言える。よく「人の噂も七十五日」と言うが、それは昭和初期の話で平成では三十五日、令和では三日がいいとこだろう。何の根拠も確証もないけど自信だけはあるの。以前に【「できない」を3日間だけなくすこと】というステキなお話をしたよね、僕。したんだよ。それって「できない」を3日間だけなくせば4日目から「頑張らなくてもできそうなこと」がきっと現れてくるという弘道節全開の感動的な内容だった。1円も掛からないんだからちゃんと読めよな。それと同様に誰に何を言われようが「気にしない」を3日間だけ続ければきっと気にならなくなる。大学病院からの帰り道、マーサ21の中にあるサイゼリヤに寄って飲んで食って笑って話して〆た。

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夢も希望も目標も理想も必要ないけど愛想だけはあったほうがいい

はい、花の中三トリオは桜田淳子派でキャンディーズはラン派でピンク・レディーはミーハーいや、ミー派という好みのタイプのパターンが手に取るように分かりやすい杉山です。ハハハ、一日も早くフツーのジジイになりたい。そこでだ、テレビを見ていたら森昌子ちゃんが年内で引退するってよ。『桐島、部活やめるってよ』の著者の朝井リョウは、かろうじて岐阜県の一部である不破郡垂井町の出身。だから、そんなことはどーでもいいんです。昌子ちゃんが記者会見の中で「これからの目標が見えない」っぽいことを言っていたけどイチイチいるのかねぇ、目標。おバカのひとつ覚えみたいに安い世間の連中は何をするにもやれ目標を立てろとか、やれ計画も立てろとか偉そうに言いやがる。この僕など目標どころか夢も希望も理想も愛想もないけどねぇ。はい、生まれて54年と5か月間、ずっとこんな奴ですこの私。まぁ、それもどうかと思いますよ。あは♪愛想を偽装する練習中なう。夢や希望や目標や理想のとおりになるのなら、この世の中は大金持ちであふれ返るが、豪邸を建てる職人や高級車を作る職工が1人もいなくなる。それって1億総ビンボー人と以下同文だよね。明日、ちゃんと目が覚めてご飯を美味しく食べられればOK!そんな話で盛り上がった今宵の食卓だった。

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水と水分は違う

結衣ちゃんの手術後の診察で大学病院までアッシー君したジイジだった。この僕の時給をいくらだと思ってんだ!ハハハ、これがまた笑っちゃうくらい安いんだ。とことん具体的に言えば、デニーズの日替りランチ以下さ。はい、岐阜駅周辺のアッシー君をご利用の際にはイチイチ連絡してくるなよ、この野郎。ある女性看護師とある男性患者との会話。「ちゃんとお水を飲んでくださいね」「わしゃビールも焼酎も珈琲も飲んだらいかんと言われておるんじゃ」「だから、お水を飲んでくださいね」「わしゃビールも・・・」と志村けんのコントのようなリフレインが止まらない。結論から言おう。水と水分は違う。どれだけ大量の水分を摂取したところで肝心の水を吸収したことにはならないの。これはすべてにおいて応用できる珠玉の考え方だね。どれだけ大量の時間を費やしたところで肝心の勉強をしたことにはならないの。どんな状況下でもネタにする僕は、明日は温泉街をネタにしよう。

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welcome or unwelcome:そこに至るは1分間か60秒間か

いいかげん、君たちもいい年ぶっこいてんだから間違えないでほしい。一段落は「いちだんらく」が正解で「ひとだんらく」は高木ブー!。午前中に結衣ちゃんが退院して一安心だね。さすがにこれを「いちあんしん」と読む47歳の女性はいないが37歳の男性だったら1人だけ知っている。そう、神奈川県横須賀市でスマホ片手のM君、それは君のことだぎゃ。はい、笑って済ませてOKかどうか今ひとつビミョーな個人攻撃の巻頭文はここまでです。「あぴたのたこやきがたべたい」と言うのでしょうゆバージョンとソースバージョンの2種類とそれに便乗する女系家族のためにお寿司を買って賑やかな時間を過ごした。僕はと言えば、心もないくせに一安心の安堵感のほうが食欲よりはるかに大きかったので午後3時に尻尾まで餡がぎっしりのたい焼きを熱い珈琲でまったりゆったりこっそり満喫した。さ、目を閉じて1分間を感じてみよう。やってみると分かるが、これが意外と長いんだ。嫌な試練を迎えるまでの60秒間はかなり短く感じるが、指折り数える際の1分間はすっげぇ長い。

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そこにいるだけでいい

やはり僕の五臓六腑には魚卵はNGなのか昨晩のたった十数グラムの辛子明太子が這うように腹痛を勃発させた今日この頃、社交辞令でいかがお過ごしでしょうか。午前8時過ぎに結衣ちゃんが手術を受けたので大学病院までお見舞いに行ったジイジだった。可哀想な結衣ちゃん。温かい心の持ち主の君たちなら100%そう思うよね。だったら、喜んで代わってやったらどうなんだ。この口先だけの安い哺乳類たちが。ハハハ、でも大丈夫だお。スーパー・バトルサイボーグであるこの僕のDNAを確実に受け継いでいるせいかフルーツゼリーを一気呵成に完食したよ。だから、心配は要らないけどお金は欲しい大和田(爆)。おいおい、今年に入って「O」キーを打ったら「大和田」と変換されるパソコンってどーなんでしょうかねー。以前「私はここにいますよ」という単なる「生存確認」など何の意味もないから「あの人がいなきゃ」という相手の心に印象付ける「存在確認」を示しなさいと言った僕だが、今となっては「生存確認」だけで十分だと思う今日この頃、明日は元気に退院だよ。

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(S)武生中央公園店とヨコガワ分店のボルガライスで人生のトッピングを考える@福井県越前市

そのとき僕は純度の高い糖分と密度の低い平和をこよなく愛す高圧的な54歳で一人きり北陸本線の列車に身を任せていた。当然のように青春18きっぷの権利を行使した54歳の僕だった。ところで高圧的な杉山と高血圧の弘道のどっちが短命だろうか。だから、そんなことはどーでもいいんです。ちなみに、血の気が多いジジイの割には僕の血圧は120~70というネタにもならない数値なの。乗り継ぎの敦賀駅のホームに高倉健よろしく立った僕は「51歳のピエール瀧ってこの先どうやって食っていくのだろうか?」と疑問形でつぶやいた。半世紀以上も生きれば初心や原点に戻るどころか1からのスタートなどあり得ない。人生にリセットやリフォームはあり得ない。もしできるとしたら今までの自分に何かをトッピングすることくらいしかない。僕はJR武生駅から18分ほど歩いた。

中央公園に段差もなく面したスタバ@武生中央公園店はとてもコンフォタブルだった。はしゃぎ回るちびっ子たちをガラス越しに眺めながらすする「ムースフォームキャラメルマキアート」は圧倒的に美味しかった。今回はミルクを豆乳に換えた。しかし、これはトッピングではなくカスタマイズだ。

ふと気付いたら1時間ほど経っていた。ストナリニのせいでウトウトしちまったぜ。スタバを出ると「ちひろの生まれた家」記念館で大いに癒された僕。その後、本店は存在しない『ヨコガワ分店』で一人きりランチを堪能した僕。しかし、これはオムライスの上にトンカツをトッピングしたわけでもカスタマイズしたわけでもない。武生界隈でこよなく愛され続けている「ボルガライス」という名のソウルフードなんだ。これでトッピングするだけでもいかに難しいかということがお分かりだろう。

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嗅覚を研ぎ澄ませばより豊かな暮らしができる!かもよ

トッポをかじりながら「僕にとっての史上最悪な罰ゲームとはいったい何だろう?」と考えた結果、ドーバー海峡を立ち泳ぎ限定で横断させられることだった。そのシーンを目を閉じて想像していたら急に動悸が激しくなって何も手に付かなくなったという理由で今日一日を過ごしたことは何かしらの罪になるのだろうか。いいえ、罪にはなりませんが大きな病院で診てもらうことをおすすめします。どうもありがとう。お話はコロッと変わるが、旅先などで「お!懐かしい風景だなぁ」と思うことがしばしばある。これはデジャビュとはまた違うもので「美濃町のおばあちゃんちの縁側にそっくり」「野良犬に追っかけられた大洞光輪公園の原っぱみたい」ってな感じだろうか。この僕の少年の日の思い出に一緒に浸ることができて君たちって本当にハッピー野郎だね。で、それは視覚なんだよね。ある光景を見てそのように感じるわけだが、ところが何かのニオイを嗅いだときにもまったく同様にそう感じることがある。それがすっごく不思議で心地いい。しかも視覚より嗅覚のほうがより鮮烈なインパクトがあるように思えてならない僕がいる。なぜだろう?ニオイだけだよ。5日前の龍野城の帰りの列車の中で僕の左隣の席に34歳と7か月くらいのうだつが上がらなさそうな男性が座った。彼の体臭なのか香水なのか、はたまたそれらが絶妙の塩梅で混ざり合った化学物質なのか、とにかく僕にはモーレツに懐かしく心地いい匂いだった。ただ、それが僕の少年期なのか青年期なのか浜松の独身寮で寂しくて号泣していた頃の匂いなのかは分からない。視覚の記憶は腑に落ちるが、嗅覚にもそれがあり、しかもそれは視覚以上のインパクトがあるのがすっげぇ不思議だ。よく「味は味覚より嗅覚で決まる」と言ったりするが、鮮明に残る記憶も視覚より嗅覚かもしれないね。ま、何れにせよ五感のうちの80%以上を視覚に頼りすぎている日常生活を改めようと思った。とりあえず花粉症で鼻が詰まっている君たちはすぐにでも処置をして嗅覚を整えたまえ。今日の晩ご飯は視覚を使おうが嗅覚を使おうが福耳を澄ませようが残り物のご飯で作ったエビチャーハンの味に変わりはなかった。

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怒っている客は常に正しい

例えば、僕がロリポップ!に電話で質問をしたとしよう。すると「生粋の文系の僕でもそれくらいは理解しています」というレベルから丁寧に説明してくれるんだよ。しかしだ、さくらサーバになると「すみませんが日本語でしゃべってもらえませんか?」と言いたくなるんだ。そして、先方の男性は「サイトの14ページを見ていただくと・・・」と返すため「だから、それを見ても分からないから電話をしたんです」「・・・」の繰り返しになるんだよ。そこで僕は「あのね、僕はあなたの態度に怒っているんだよ」「・・・」「僕がトンチンカンな質問をしている困ったちゃんだとしてもだね、毎月ちゃんとお金を払っている大切な顧客を怒らせるほうがトンチンカン以下の大バカ野郎でしょ。ずーゆーあんだーすたん?」。場面は変わって「杉山さん、あの人ってバカ?何を言ってもまったく理解してくれません」とタダで相談されたとしよう。ハハハ、バカはお前だ。ほら、ご覧。あの人は怒っているんだよ。人間的にどうであれ、性格に問題があるにしろ、理解力が致命的でも、あの人は怒っているんだよ。怒らせる側に100%非があるという常識さえも分かっていないお前がバカだ。そんなことよりトシコちゃんの美容室でバシッと短くした僕だった。これを「腰痛が原因でやむなく除隊した元グリーンベレーの老兵カット」と名付けよう。さぁ、君たちも髪がある今のうちに一緒にエンジョイしよう!しかし「これってホコリのカタマリか?」と驚くほどに後頭部は真っ白だった。

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あっちやそっちの世界のピエール新井と愉快な仲間たちなず

昨日、僕が攻めた龍野城は大河ドラマの『軍師官兵衛』で知った。その中で蜂須賀小六を演じたのはピエール瀧であり、同じく大河ドラマの『真田丸』で加藤清正を見事に演じたのが新井浩文だった。大河ドラマよ、あなたって大麻ドラマは・・・。はい、2人は大麻とは関係なかったよね?ハハハ、似たようなものかしら。ったく、困ったもんだぜ。2作品とも晩ご飯のおかずの厚揚げと同じくらい大好物なのにこれじゃあ見れないじゃん。賢明な君たちならもうお気付きだと思うが「見れない」はら抜き言葉なので正しくは「見られない」だよね。そこで思うのだが、主演にしろそうでないにしろ出演者が何かしら問題を起こした際にイチイチ作品がお蔵入りになっていたらキリがない。だって、あっち系の人間ばっかなんだから。午前9時から午後5時まで働いて晩には家族で食卓を囲みながら缶ビールを飲むのが唯一の楽しみという人間はそっちの世界には絶対に行かない。そもそももともと危なっかしいデンジャラスマンばっかなんだから。だよね?そこでどうだろうか、この際、出演者に執行猶予の付かない懲役8年以上の刑が確定したときに限って今回のような措置を取るというのは。ま、それも賛否両論だと思いますよ。あっちやそっちの世界の事情はこっちのまともな人間たちには関係のないことだから、お気に入りのドラマをお預けさせるなどという愚かな行為は僕たちを2階に上げておきながら勝手にハシゴを外すようなものだと思うがいかがなものか。はい、ムダにロングな巻頭文はここまでです。かく言う僕も薬が切れたのでマツモトキヨシで最小単位で買って来たなず。現在進行形の「なう」と過去完了形の「わず」を足して2で割った@この僕が開発した現在完了形の「なず」をこの僕とご縁のある君たちにも使うことのできる権利と義務をタダで与えてあげるなず。

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人生の改行と読点もズレている

「夫婦関係がほぼほぼ破綻している」「上司&部下の関係がギクシャクしている」。そんなイチイチ残念ちゃんな君たちに愛と勇気のメッセンジャーであるジョージ・クルーニーを23発くらい殴った直後の膨張した顔に激似の僕がその原因をタダで教えてあげよう。でもね、50円だったら払っても構わないと言う奇特な君、僕は決してそれを拒んだりはしないよ。ちょっと前に「双方の笑うツボがズレている」と説いた僕だが、感動の第2弾は「人生の改行と読点もズレている」だ。ほら、ご覧。この嘆かわしい【人生の改行】を。正直、この僕はこの店の店長とは上手くやっていけないだろう。例えば「今日朝ご飯に」と書く哺乳類とはこの僕は上手くやっていけそうもないだろう。僕だったら「今日、朝ご飯に」と必ず読点を打つ。今日朝って今から日朝首脳会談でも派手に行うつもりかよ。句点「。」を打たない気持ち悪い奴など生ゴミ同然だが、読点「、」の位置にはモーレツに違和感を覚えることが結構多い。僕のブログはあえて改行も段落も設けることなく可能な限り読点を省略して書いているが、読点が問われるのは文章などの読み物だけでなく会話の中の「間」も読点のひとつと言えよう。改行と読点の感性が一致するかどうか。それが何気にインポータントなの。昨日、鳥羽で買って来た赤福餅を一気呵成に呑んだらハッピーが止まらない。こんな日が毎日、続けばいいのに。

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