達観雑記一覧

セブンシューに見る偏差値55レベルの安定感とグレイトっぷり

例えば、僕が君に仕事を依頼したとしよう。後日、君が「どうですか?」とその成果をこの僕の前に差し出した際に「褒めていいのか突き返していいのか分からないレベル」っぽい仕事っぷりが多い。その表情を見る限り自信満々にも見えるし「この程度しかできませんでした・・・」という情けない自分が歯痒くて仕方ないようにも見えるし。どっちゃにしても使いもんにならんっちゅう話やがな。自信があるのかな・・・、褒めてあげたほうがいいのかな・・・、いやいや万が一、本人がお粗末な仕事をしちまったとひどく凹んでいたら、さすがにそれを褒めたらまずいだろ・・・。いいかげん、この僕を悩ますことはやめにしたらどうなんだ。この手の奴は3年に一度くらい偏差値65レベルの仕事をしやがる。しかし、そんな奴は怖くて仕方ないからタダでも要らない。コンスタントに偏差値55レベルをキープしてくれればOKというか、そのほうがいい。それが偏差値60以上になると、そのような優秀な人材がいつかいなくなるというリスクは計り知れない。ってことで、眼科から帰る途中のこの僕はセブンイレブンに入るや否や電光石火で「ダブルクリームのセブンシュー」ではなく当たり外れのない偏差値55レベルの「THEセブンシュー」を手に取った。それに前者は北海道では販売していないんだよ。それを中毒のように大好きになった僕が帯広界隈を旅した際に食べることができずに苦しんだら命に関わる問題だ。人間に限らず、身の回りには偏差値55レベルを揃えよう。

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2つのスーパーで見掛けたある女性と塩漬けの氷のように冷たいこの僕の物語

昨晩、赤飯の焼きおにぎりを食べている最中に言った「明日は赤飯の焼きおにぎりをバンズに挟んでレッドライスバーガーにして」という僕の熱い思いは却下され、単なるハンバーガーとなりました。モグラ叩きのようにイチイチ却下ってどーなんでしょうかねー。新年だ、まあいい。元日のバローはクローズだったが、西友は僕に対して門戸がウエルカムだった。たった1日のことで僕の中の西友の偏差値が3くらい上がった。少し前に地元のスーパーが潰れた。じゃない方芸人が取材に来るくらいその店はそこそこ頑張っていた。あ、取材に来た芸人と言えば、雨上がりの宮迫じゃない方とかね。そして、その店のレジに立っていた若い女性が西友のレジで「研修中」というプレートを胸に付けて頑張っていた。数日後、一日に5時間以上もネットサ~フィンを行うくらい暇で仕方なかった僕は、再び西友を訪れた。すると、彼女の胸に「研修中」というプレートを見つけることはできなかった。無事に正社員になれたのだろうか。そうだとしたら「本当によかったね」。僕は小さくつぶやいた。企業は、特に地元の人たちの家計を担う小さな会社こそ、絶対に潰れてはいけない。1人の従業員に4人の家族がいる。それだけ他人の人生を背負うということだ。では、そろそろ今日の〆に入ろう。一部の者たちには塩漬けの氷のように冷たい僕だが、その者たちを除けば基本的に僕はいい人です。

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似非ハーバード流「消極的に生きる」について語ろう

血帯びたいや、チオビタドリンクを飲みながらネット上をググりまくっていたら「会社から逃げてもいいんです」という胡散臭い広告を頻繁に見掛けた脂臭い僕がいた。2019年は「逃げること」がブームなのだろうか。まぁ、それもありだが、あくまでもそれは最後の手段であって正しいルールは「消極的に生きる」。例えば、誰かの役に立つより誰にも迷惑を掛けないということさ。4年前にも【レームダックのススメ】で「誰かの役に立つ仕事も立派だが、誰にも迷惑を掛けない人生はさらに立派だ」とこの僕が偉そうにおっしゃったじゃないか。しかし「人生、積極的に生きたい!」と叫ぶ元気だけが取り柄の好き者いや、物好きもいるだろう。ハハハ、君ってイチイチ残念ちゃんだよね。だったら、積極的に誰にも迷惑を掛けないように頑張ればいいだけじゃん。「昨日の残り物の赤飯をおでんの具にして」という僕の願いは却下され、赤飯は単なる焼きおにぎりとして処理されました。何事にもチャレンジ精神を持ってさらにアグレッシブ&積極的に取り組んでもらいたいものですね。

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晴れの日の傘と月曜日のゴミは by カーペンターズ風

マウス及びスマホ片手のみなさま、お金は貯まっていないけどゴミは溜まっていませんか?だから、本気で尋ねているわけじゃないからイチイチ返事をしなくてもOKです。ラズベリービーチヒルズとこの僕だけがそう呼んでいるこの地区では、最後のゴミの収集日が昨年の大晦日だった。ちなみに、ピーチじゃなくてビーチだからね。そして、今年の最初の収集日は7日だ。徒歩10分の場所にある長女が住むブルーベリーマウンテンヒルズもまったく同じスケジュールだ。だが、BMHではゴミの収集日ではないのに誰か1人が出してしまった。おそらく勘違いだとは思うものの出してしまった。すると次から次へとゴミが山積みになったとさ。こういう行為ってどーなんでしょうかねー。人間の嫌な部分を垣間見る感じでうんざりですよねー。ところがこちらのRBH、ラズベリーの頭文字ってLじゃなくてRだったよね?だから、本気で尋ねているわけじゃないからイチイチ返事をしなくてもOKです。ほら、ご覧。RBHは実に立派だよね。それはね、今年は杉山家が組長だからさ。では、そろそろ今日の〆に入ろう。普段はゴミの収集など当たり前で気にもかけていないが、いざとなると水が流れないトイレのように困惑するものだ。それは、晴れた日に傘の重要性どころかその存在すら忘れているのと同じことだ。はい、見事に趣旨が異なる〆となって僕自身も困惑している真っ最中。

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結衣&ウドちゃんは理解できるけど米津玄師が理解できない僕って老害!?

税理士事務所に絞ってネットサ~フィンをしていたら「ウド会計」という表記を発見した僕は「え?ウドちゃんの会計事務所?」と思いきや「クラウド会計」という文字が折り返していただけだった。いいかい、マジで。昨日に引き続き登場のウドちゃんだが、もう1人の米津玄師についても語ろう。3時間前に初めて『Lemon』をYouTubeで視聴した僕だが、何がいいのかさっぱり分からん。正直、タダでも要らん。という感動的な実話を熱い珈琲をすすりながら次女に話したら「・・・。それって昭和の老害だよ」と一蹴された。ほう、団塊の世代の社長連中に対して片っ端から老害呼ばわりしたこの僕が老害だとぉ!?さぁ、君たちも【老害社長のセルフチェック】をやってみよう。久しぶりに試してみたが、やはり僕は老害ではなかった。ハハハ、復活!でもね、このチェック表を作ったのはこの僕だしね。やっぱ僕は老害なのだろうか。とっくに味覚はボロボロだが、世の流行の良し悪しもよく分からん。こんな僕なんか今から70年後にいなくなっちゃえばいいのに。はい、そうします。カセットテープもMDデッキも人気が再燃しているようだし、そっち系の義理と人情の昭和の路線で発想を展開していきますか。なんとなく寂しいぜ。結衣ちゃんのアバンギャルドなダンスなら何気に理解できるけど。ちなみに、アーバンギャルなどと勘違いしている奴のほうが老害だぞ、この野郎。

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ミステリーとヒステリーとハングリーとアングリー

検索キーワードのトップに「米津玄師」があったので「御朱印帳に個性的な絵でも描く白山神社系の宮司か?」と思いきや、見事に違っていた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。僕はと言えば、5日前も一昨日も今日もきっと明日も地味で地道な毎日です。歯茎から血がにじむくらいリンゴでもかじったろかしゃん。ハハハ、3万円もらってもやらねぇよ。3万2407円(税別)ならちょっち考えてもいいけどね。浅い昼寝から目覚めたらウドちゃんのローカル番組がやっていた。いいねぇ、それは長良川鉄道の旅だった。ムダに無意味に慌しい世間から解放されるべくもっと積極的に鉄分を補給しようじゃないか。何気に不景気だからか最近はちょっとしたことで癇癪(かんしゃく)を起すヒステリーな男が増えたと思わないかい。一昔前まではミステリーとハングリーは男でヒステリーとアングリーは女の専売特許だったが、それが逆転したようなそんな気がする僕がいる。何事も容易に事が運ばないのが世の常ゆえに、そんなときはローカル鉄道に乗って鉄分を補給しよう。ちなみに、ハンガリーとカルガリーも盛り込もうと思ったが、そうすると話が国際問題にまで及ぶのでやめた。

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遺言書のススメ

ショーンKは何気に活動を再開させたようだが現代のベートーヴェンの佐村河内守は今、どこで何をしているのだろうか。なんとなく雰囲気が似ているため2人はDNAレベルでつながっているのではなかろうか。はい、新年にふさわしい巻頭文はここまでです。午後2時に【事件です。】ですっかり有名になった住吉神社まで初詣に行ったこの僕とその他大勢。君たちは書いたことがあるだろうか。そうだよ、遺言書だよ。正月だからと食っちゃ寝てボーっとテレビを見ている暇があったらちったあ先々のことを考えたらどうなんだ。それに正月だからこそだよ。頭の中の整理をするだけだから別に正式なものでなくてもOKなんだ。財産うんぬんよりも「明日、自分が死ぬ」としたら「今日、誰に何を伝えたいか」を本気で考えるということがベリー・インポータントなんだがね。それをザーッと紙に書き出すんだ。自筆証書遺言はパソコンで書いたら無効だし、それでは思いが込められないし。ミミズが這いつくばったような汚い字でも構わないから頭の中にいろんな人の汚い顔を思い浮かべて一気呵成に書き出すんだよ。家族はもちろん、それ以外にお世話になった人や目を掛けていた人を。それと僕の場合は、昨日までお世話になった自分自身に向かって吐露している。そうするとね、鼻が詰まって眠れない夜にヴイックスヴェポラッブを塗ったようにスーッとするよ。さぁ、書きやがれ。

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「岩崎恭子スタイル」はいかが?

「名優のローレンス・オリヴィエがオリビアを聴きながらジビエ料理を食べたら底冷えした」という見事な早口言葉を開発した杉山です。新年早々すびばせんねぇ。個人的には1月1日も6月14日も11月27日もまったく同じ一日だと思うがいかがなものか。ま、それも賛否両論だと思いますよ。元日のランチは近所の西友でお寿司と棒ヒレカツとエビチリと唐揚げとイカリングを大量に仕入れてなで肩を寄せ合いながら食べた杉山家です。ちなみに、なで肩は僕だけです。1歳半の莉子ちゃんは唐揚げをバクバク食う。誰が教えたわけでもないのに本能で食べ物を口に運ぶ姿が不思議で面白い。食べ物に限らず、結衣ちゃんも莉子ちゃんもこれから経験することは人生で初めてのことばかりだ。それが僕くらいのジジイになるとね、人生で初めてのことと言ったらあの世に行くことくらいかな。はい、赤紫色の涙が込み上げてくる巻頭文はここまでです。そこで提案だが「岩崎恭子スタイル」はどうだろうか。そう、14歳の若さでバルセロナオリンピックの競泳で見事に金メダルを奪取すると「今まで生きてきた中で一番幸せです」という名言を残した彼女だよ。すっげぇ分かりやすく言うと「今まで生きてきた中で一番幸せ」を毎日更新し続ければいいんだよ。すっげぇ小っちゃなことでもOK!「初めて茶柱が立つのを見た」でも何でもOK!それを年中無休で明日へto be continuedだ。まぁ、当の彼女は自身の不倫で叩かれたけど、金メダルだけに(金爆)。新年早々すびばせんねぇ。

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シニアのお金の使い方

ここだけの話だが間違いなくそこでも話すだろうしあそこでも話すだろう。この僕のほぼ日手帳には「FM」や「SE」という文字記号が書いてある。これはいったい何のことだか分かるかい?そう、前者がファミリーマートで後者がセブンイレブンのことだよね。「FM」は問題ないけど「SE」をときどき「SI」と書いてしまう僕は英検3級さ。来年からはカタカナに戻そうかしゃん。だから、そんなことはどーでもいいんです。寒空の下、懐かしい味を求めて近所のSEにクリーム号で行った僕だった。自動ドアが開いたそのとき「シニアのお金の使い方」が前頭葉の片隅に浮かんだ。うん、実に理想的な展開だ。ただでさえ所有欲がミミズの脳ミソ以下の僕だけど、世の中の流れまでシェアハウスとかカーシェアリングとかおよそ所有することからかけ離れた世界へと向かっている。つまり豊かさの尺度が「いいものを持つ」から「いいことをする」に鮮明に変わってきている。ゆえに僕もさらに徹底したシニアのお金の使いっぷりをしようじゃないか外科耳鼻咽喉科。基本的に衣服などは何気に変な色や確実に臭くなければOK!これ見よがしの食い物にお金を掛けることなど愚の骨頂。でもね、貯めるんじゃなくて使うんだよ。例えば、旅先で食い物にお金を掛けるよりワンランク上のホテルの部屋でSEのおにぎりを食べる。この際、FMでも可。こういう粋な生き方をしてみたい。

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誰のためにもならない何の役にも立たない酔生夢死の人生もいいもんだ

早いもので今年も「杉山家とその周辺の者たち合同クリスマス&忘年会」のシーズンとなりました。3回目となる今回もホテルパークの日帰りプランを利用して9.87の着地でご無事に終了しました。このようにみんながとっても楽しくすっごく愉快に今年一年をハッピー&ラッキーに終えられるのはいったい誰のおかげでしょうか?俺だよ、俺。そんなもん俺のおかげに決まっとる。今回の支払いも当然のようにこの僕一人だし。福澤諭吉先生、カンバ~ック!まあいい。結衣ちゃん、世の中はね、やったらできることよりやってもできないことばっかだからね。上手くいかないことがあってもね、それが当たり前なんだからね。絶対に努力なんかしちゃダメだお。毎日、フツーに生きているだけで嫌でも勝手に努力しているの。人間、努力をしないと死んじゃうんだよ。それ以上にムダに無意味に努力なんかするとそれが悪癖になって苦労が大好きな人間になっちゃうんだお。ハハハ、愉快だね。

酒に酔ったような夢見心地のままぼんやりと何もすることなく一生を終えることを酔生夢死という。金華山にそびえる岐阜城を下から臨みながら貸し切り状態の湯に首まで浸かってご満悦の僕だった。

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