達観雑記一覧

あっちやそっちの世界のピエール新井と愉快な仲間たちなず

昨日、僕が攻めた龍野城は大河ドラマの『軍師官兵衛』で知った。その中で蜂須賀小六を演じたのはピエール瀧であり、同じく大河ドラマの『真田丸』で加藤清正を見事に演じたのが新井浩文だった。大河ドラマよ、あなたって大麻ドラマは・・・。はい、2人は大麻とは関係なかったよね?ハハハ、似たようなものかしら。ったく、困ったもんだぜ。2作品とも晩ご飯のおかずの厚揚げと同じくらい大好物なのにこれじゃあ見れないじゃん。賢明な君たちならもうお気付きだと思うが「見れない」はら抜き言葉なので正しくは「見られない」だよね。そこで思うのだが、主演にしろそうでないにしろ出演者が何かしら問題を起こした際にイチイチ作品がお蔵入りになっていたらキリがない。だって、あっち系の人間ばっかなんだから。午前9時から午後5時まで働いて晩には家族で食卓を囲みながら缶ビールを飲むのが唯一の楽しみという人間はそっちの世界には絶対に行かない。そもそももともと危なっかしいデンジャラスマンばっかなんだから。だよね?そこでどうだろうか、この際、出演者に執行猶予の付かない懲役8年以上の刑が確定したときに限って今回のような措置を取るというのは。ま、それも賛否両論だと思いますよ。あっちやそっちの世界の事情はこっちのまともな人間たちには関係のないことだから、お気に入りのドラマをお預けさせるなどという愚かな行為は僕たちを2階に上げておきながら勝手にハシゴを外すようなものだと思うがいかがなものか。はい、ムダにロングな巻頭文はここまでです。かく言う僕も薬が切れたのでマツモトキヨシで最小単位で買って来たなず。現在進行形の「なう」と過去完了形の「わず」を足して2で割った@この僕が開発した現在完了形の「なず」をこの僕とご縁のある君たちにも使うことのできる権利と義務をタダで与えてあげるなず。

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人生の改行と読点もズレている

「夫婦関係がほぼほぼ破綻している」「上司&部下の関係がギクシャクしている」。そんなイチイチ残念ちゃんな君たちに愛と勇気のメッセンジャーであるジョージ・クルーニーを23発くらい殴った直後の膨張した顔に激似の僕がその原因をタダで教えてあげよう。でもね、50円だったら払っても構わないと言う奇特な君、僕は決してそれを拒んだりはしないよ。ちょっと前に「双方の笑うツボがズレている」と説いた僕だが、感動の第2弾は「人生の改行と読点もズレている」だ。ほら、ご覧。この嘆かわしい【人生の改行】を。正直、この僕はこの店の店長とは上手くやっていけないだろう。例えば「今日朝ご飯に」と書く哺乳類とはこの僕は上手くやっていけそうもないだろう。僕だったら「今日、朝ご飯に」と必ず読点を打つ。今日朝って今から日朝首脳会談でも派手に行うつもりかよ。句点「。」を打たない気持ち悪い奴など生ゴミ同然だが、読点「、」の位置にはモーレツに違和感を覚えることが結構多い。僕のブログはあえて改行も段落も設けることなく可能な限り読点を省略して書いているが、読点が問われるのは文章などの読み物だけでなく会話の中の「間」も読点のひとつと言えよう。改行と読点の感性が一致するかどうか。それが何気にインポータントなの。昨日、鳥羽で買って来た赤福餅を一気呵成に呑んだらハッピーが止まらない。こんな日が毎日、続けばいいのに。

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小さな成功の延長線上は所詮、小っちぇ

やっぱ僕は違うと思うんだよね。君もそう思わないかい。安い世間ではよく「大きな成功を狙う前にできるだけ小さな成功を経験したほうがいい。その習慣がいつか大きな成功につながるから」などと知ったかぶったことを言うよね。この僕も疑心暗鬼になりながらも昔はそのようなことをメルマガに書いた気がするけど、やっぱ僕は違うと思うんだよね。君もそう思わないかい。例えば今日だけど、紙パックのジュースのストローぐちに貼ってある銀色の膜をストローで突き破った僕は、ストローの中に銀色の膜を入れないことに見事に成功したんだよ。僕ってエライ?僕ってグレイト?このような成功を積み重ねると東証一部上場企業の社長になれる?だから、そーいうことだ。むしろ逆に小さな成功を積み重ねることに慣れた奴は「成功ってマジ簡単」と小っちぇことで満足する哺乳類となる。ま、それはそれでOKだけど要注意なのは小っちぇことしかできない体質になっちまうってことさ。

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かるび庵の焼肉で「その管を抜くな!」を説くということ@岐阜県本巣郡

この僕の喜びっぷりをチェルシーのように君たちにも分けてあげたい。ハハハ、過剰に溺愛している愛車のドリーム号のプチ整形が無事に終わって戻ってきたんだ。とは言っても、昨年のお盆休みから5回くらいしか運転していないけど。今日もしていないし。まあいい。そのお祝いを兼ねて北方町のかるび庵で焼肉を堪能した杉山家だった。ハンバーグなどではなく、久しぶりにザ・肉をむさぼると僕の中の封印されていたオスの部分が一気呵成に脂ギッシュになるかと思いきや、さっきから胃痛が止まりませんがね。もうオスうんぬん以前にヒトとしてダメかもしれない。その席で人工透析治療を中止して患者を死亡させた病院の話になった。目の前にはロースやハラミなのに・・・。終末医療の定義は1ミリも知らないが、僕はムダな延命治療は望まない。ただ、絶対に自分から命を絶つことはあり得ない。他人から非難されようが無視されようが罵倒されようが木曜日の生ゴミ扱いされようが地べたを這いつくばってでも1分でも1秒でも粘って生きてやる。人生に勝ち負けがあるとしたら、生きたもん勝ち。だから万が一、パパが入院して全身がコブクロのようなチューブだらけになってもお前たちが勝手に決めて勝手に抜くな。そんな話をしながら食ったホルモンの味はそれなりだった。

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義理を欠く以上、縁を切る未満

いいんだよ。俺のことを大嫌いだとか鬱陶しいジジイだとか好き勝手に言うのはさ。所詮、俺なんてやることなすこと中途半端な男だし1000%罵倒されても仕方がないゲス野郎なんだよこの俺は。だからさ、周りからバカにされる間抜けなピエロになっても俺はOKなんだよ。ただ、俺はいいけどSUGIYAMAはどうかな。そこんとこ夜露死苦!つい先日と言っても半月以上も前のことだが、古い友人から「TさんもSさんも来るから杉山さんも来てよね」と飲み会に誘われた。俺はいいけどSUGIYAMAはどうかな。はい、イチイチくどくてすびばせんねー。正直、往復1万円もかけて行きたくもないし面倒臭いし。そりゃ仲間たちに会ったら会ったで楽しいだろうけど会わなかったら会わなかったで僕の人生に何の影響もないだろうし。ハハハ、ちったあ影響を及ぼすようなすっげぇ立派な哺乳類はいねぇのかよ、この野郎。そりゃ新たな出会いやさらに親交を深めるような飲み会はきっと素晴らしいだろうけど協調性が0の僕には未来永劫、必要ない。時間や空間を共有することが億劫というか嫌で無理。50歳を過ぎたら史上最強のわがままなダンディになると予測していたが、そのレベルをはるかに超えるわがままっぷりとなっちまった僕がいる。さぁ、いい年こいた男も女も義理を欠こう。変に気を使って手当たり次第に付き合えば、本当に大切にしなければならない相手が見えなくなる。いい人を演じるのはもうやめにしよう。平成最後となるかもしれない鉄板焼きそばをすすりながら「義理を欠く以上、縁を切る未満がパパの理想さ」と次女につぶやいていたパパは僕。

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私は嫌いだシリーズ第19弾:「アンチエイジング」

「気合だ!気合だ!気合だ!」のアニマル浜口に対して「嫌いだ!嫌いだ!嫌いだ!」の私は嫌いだシリーズ第19弾。私は「アンチエイジング」が嫌いだ。ん?以前にやったか?まあいい。何回でもやってやる。「年を取るのはステキなことです、そうじゃないですか~♪」という歌は中島みゆきの『傾斜』だ。この歌詞に「傾斜10度の坂道を腰の曲がった老婆が少しずつのぼって行く」とある。そっと目を閉じてジッと想像してご覧。実にビューティフルな光景じゃないか。アンチエイジングがもてはやされる昨今だが、いくら努力・忍耐・根性・資金で踏み止まったところで必ず限界はある。むしろある程度まで踏ん張ったらある日突然、雪崩の如く一気に崩れちまうぞ。だったら、年相応に老けていったほうがはるかに美しい。それをウィズ・エイジングと言う。男も女もそうだが、自然の流れに身を任せながら日々をゆったり暮らしている者たちのほうが優雅でステキだろう。大学病院の「生きているだけで御の字」という時空に身を置いていたら改めてそう感じたジイジと孫娘だった。

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真っ昼間のサイゼリヤで心豊かに生きる方法

魂(たましい)と塊(かたまり)は明日の一卵性双生児のように似ている。「心のない杉山さんでも魂はあるのでしょうか?」。知らんがな。念のために言っておくが、僕が僕のことを「心がない」と言うのはOKだが赤の他人から言われると2リットルくらいの殺意が込み上げてくるのは仕方ない。そして、サイゼリヤの味がそこそこなのも仕方ない。うん、さすがに毎週のように続けてサイゼると山椒とローズマリーの違いも分からない致命的な味覚オンチの僕でも飽きてくる。ふ、サイゼリヤ、サイゼるとき、サイゼれば、あなたってサイゼリヤは・・・。そこでだ、心のないこの僕が心豊かに生きる方法を酔った勢いで教えてあげよう。いくら学校帰りの高校生で満席になるくらい安いからと言って最低限のテイストは望みたい。バカ。そんなことをサイゼリヤに求めるから心豊かな人生から遠ざかってしまうんだ。何かを求める君たちがいる。求めた結果が予想を上回ると喜ぶが、その逆に下回ると凹む。だよね?何かを求めるからその差異に一喜一憂する。何も求めなきゃほぼ心豊かだ。

だから、そんなことはどーでもいいんです。その後、横しまな男の弘道は『敷島珈琲店岐阜駅店』で神秘的なモンブランを熱い珈琲で地道に押し流した。今まさに、白ワインと栗たちのマリアージュ♪

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お、お前だ、お前のことじゃ!

よく眠れなかったり栄養バランスが悪いと枝毛が増えるらしい。では、それらを積極的に取り入れて枝毛を増やすという増毛法はどうだろう。ま、それは賛否両論どころか本末転倒だと叩かれますよ。ったく、原価は0の特許で悠悠自適生活を満喫しようと思ったのに。はい、個人的には不老不死より不労所得のほうがちょっち難しい気がする巻頭文はここまでです。誰もがご存じのバローの中にあるベーカリー@北欧倶楽部で悠悠自適生活を満喫していた僕がいた。回転しない回転木馬がある店内は小洒落たオープンカフェっぽくて小寒い。洒落た&寒いに「小」を付けるだけで一気に17歳くらい年寄り臭くなるのはなぜだろう。だから、そんなことはどーでもいいんです。では、そろそろ本題に入ろう。バローの屋外にオープン喫煙所があるのだが、いい年こきながらそこでタバコを吸っていた仕事ができなさそうな58歳と3か月くらいのジジイに向かって「健康的な生活が理想ですよね」とサラッとイヤミを吐くと「そうですね」と丁重に返してきやがった。お、お前だ、お前のことじゃ!鈍感というレベルの問題ではない事例は結構多い。例えば、目の前の社長に「朝礼で説教じみた話を聞かされる社員の身になるとやる気も萎えますよね」とイヤミを吐くと「そうだよね。朝礼は社員のモチベーションを上げるために明るくやらないといけないね。ハハハ」と豪快に笑って答えやがる。お、お前だ、お前のことじゃ!先日も妙齢に3歳を足して四捨五入したくらいのある女性に「毎日、反吐が出そうな画像やオチのないコメントをSNSに載せている奴って多いよね」とイヤミを吐くと「でも、その人なりに一生懸命にやっていると私は思うわよ」と他人事のように返してきやがった。お、お前だ、お前のことじゃ!これほど分かりやすいシチュエーションなのに1ミリも察することができない奴は確実に仕事もできない。「うんうん、まったくだね」。お、お前だ、お前のことじゃ!

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鬼の首は己の首

「あたしって模試ではトップのA評価なんだけど本番には弱くて今年で三浪なの」というフレーズは自慢の部類に入るのだろうか。実際にこんな女性に会ったわけではなくあくまでも架空の人物です。平成最後の受験となりますよう心がないので肝でお祈り申し上げます。例えば、僕のブログの画像を見たKさんが「ねぇ、これって誰が撮影したの?」と尋ねたとしよう。あくまでも架空の人物です。フツーの人間なら「面白い写真ですね」で終わるのだが、それがKさんのような異常な人間になるとライバル心をむき出しにして鬼の首でも取ったかのような形相で上から目線を降り注ぎまくるんだ。いるよねぇ。だから、あくまでも架空の人物です。何かあったらすくおう&すくおうと人の足元しか眺めることのできないスコップのような可哀想な人種なんだよ。そして、その足元に気付いてそれが言えた時点で終わりなんだけどね。さぁ、ご覧。意気揚揚と誇らしげに取った鬼の首を見たら、あら不思議。それは己の首じゃなかったかい?うん、バローのシュークリームもフツーに美味しかった。

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セブンイレブンの慢心:ファミリーマートどころかローソンにだって浮気しちまうぞ、この野郎

セブンイレブンの年中無休24時間営業について考えよう。スマホをいじっている割には時事問題に疎い君たちでもご存じだよね。セブンイレブンのあるオーナーが営業時間を短縮したら契約の解除と違約金1700万円を本部から求められたという理不尽を。別に好きでそうしたわけではなく、共に働いていた奥さんが亡くなった上にアルバイトは集まらず、ついにはオーナー自身の体調まで・・・という事態に陥っても年中無休24時間営業を崩すなという理不尽を。死ぬまで働け!それどころか死んでも働け!という企業姿勢はまるでタイガーマスクの虎の穴だね。はい、ここまでの話は右横に置いといて「はぁ?置いとくの?」「うん、本筋と違うから」。僕だってどこのセブンイレブンでもどこのファミリーマートでもいいってわけじゃない。同じ系列の店だったら同じ商品は売っている。だけど「この店で買いたい」というのは「少しでもこの店やスタッフたちに貢献したい」というのが潜在意識の中にあるんだよ。別に「ダブルクリームのセブンシュー」は岐阜長良福光店じゃなくても土佐高岡店にも売っている。それなのに前者で買って後者を避けるその理由は何?それはね、シュークリームを買うためだけにわざわざ高知まで行くかよ、この野郎。はい、内容が少し重く感じたので適度な笑いを挟みました。だから、遠慮せずにそこそこ笑ってください。どうせ同じ代金を払うなら「ちょっと距離があるけどあっちの店に貢献したいね」と自転車に乗ってわざわざ出向く僕がいる。だから僕は、そーいう男なんだ。それなのに世間の連中は僕に対して冷酷なまで・・・あ、違った。それなのに本部はFCの宝である店のオーナーやスタッフたちを単なる駒としか考えていない実態は本当に腹立たしく激おこぷんぷん丸に値する。とは言え、眼科で目薬をもらった帰りに買っちまった「つぶあん&カスタードのダブルシュー」を夕日に映える店の前で食ったら実にマーベラスだった。本来ならばとっくに決別のところだが、これに免じて本部には再考するチャンスを与えてあげよう。

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