人は変わらんし変われないものなの

昨晩のことだが「ったく『特捜9』を見ようと思ったらサッカーで30分遅れかよ」と最悪な滑舌でブツブツ文句を垂れながらソファで眠ってしまった僕はジジイの割にはそこそこ可愛い。1時間後、ふと目が覚めたら瀬戸内寂聴が出演する番組が流れていた。面白かったのでボーっと眺めていたら、ある相談に対して「苦しかったら辛抱なんかしなくていい。今はそんな時代じゃない。人も変わるし変われるものなの」っぽいことを言っていた。瀬戸内ジャッキー、あなたの生き様には興味はあるがお友達にはなれないようだね。この僕曰く、人は変わらんし変われないものなの。時代の早い流れで周りの風景がコロコロ変わるから自分自身も変わったように錯覚するだけ。例えば、岐阜駅を中心に半径7キロ以内から一歩も出ることなく暮らしていた者が、20年ぶりに旅行に行ったら「人生観が変わったわ!私も変われるかも知れない♪」と年甲斐もなくはしゃぐのは目に飛び込んで来た周りの風景や光景などがいつもと違ったからそう感じただけであり、本人自体は1ミリも変わっていない。その証拠に、岐阜駅に戻ったそいつを見れば一目瞭然だろう。ちなみに、半径7キロ以内というのは岐阜駅からイオンモール各務原までの距離を参考にしている。そこでだ、昨日のオリオン生ビールに続いて今夜は北海道は小樽麦酒の「そんなことすな!」いや、ピルスナーだよ。沖縄から一夜にして北海道。たった300円で日本全国を行脚できると思うとビールも何気にいいもんじゃないですか。あれだけ「酔っ払いがバカにしか見えない」と言っていた僕。人は変わらんし変われないものなの。

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日本大学にはびこる諸悪の根源たちに捧ぐ「苦しい言い訳」の正しい仕方

大変申し訳ありません。家飲みではビールはもとより発泡酒も断つと明言しておきながら気持ち好くオリオン生ビールを飲んでしまった負け犬野郎の残念ちゃんです。お願いだから汲み取ってほしい、「気持ち良く」ではなく「気持ち好く」と表現したこの僕の絵に描いたような爽快感を。だってさ、真冬だったらまだしも殺人的に暑い真夏に向かっている真っ最中じゃないですか。それではあまりにこの僕が可哀想すぎると思やしませんか。君たちには「人の気持ちを慮る(おもんぱかる)こと」を覚えてほしい。とっくに冷蔵庫の中には発泡酒もないし、どうしよっかなぁ~♪と夢と希望と目的を持って散歩をしていたら成城石井にたどり着いたじゃないですか。すると、そこらの自販機にはない珍しいビールがあるじゃないですか。ふ、ジョー石井よ。ここで会ったが百年目、お命は要らんけどビールをちょうだいするぜ。という流れです、はい。バローや西友だったら「うっ」と踏み止まったかもしれないけどセレブなジョー石井だから。だって、中産階級のこの僕だよ。でもって、さすがのこの僕でも家飲み断酒を始めたのは昨日の今日ゆえに、あのキリンさんやアサヒさんにどの面下げて淀川長治風に「はい、またお会いしましたねぇ~♪」と言っていいのか分からなかったので大好きな沖縄のオリオン生ビール、君に決めた!それに今夜のおかずは麩ちゃんぷるーだし。では、そろそろ今日の〆に入ろう。君たちには「弘道の気持ちを慮ること」と「弘道の気持ちを察すること」さらに「弘道を許すこと」の3つを覚えてほしい。そして、一日も早く立派な社会人になってもらいたひ。

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頑固の資格:てめぇ勝手なトシヨリは逝っておしまいっ!

セータイからの帰り道、今日もタカシマヤの大九州展で梅ヶ枝餅でも買ったろかしゃんと思ったが、連チャンで行っても能がないと踏み止まった僕は正解だった。もし寄っていたら玉宮界隈を後ろから前から牛耳っている黒木諭君とニアミスしたがね。ほらご覧、バブリー真っ盛りの頃は坪数千万円もしやがった岐阜の一等地が更地になっていた。ふ、頑張っているのは栗粉餅のベンテンドーだけか。はい、誰も喜ばない柳ヶ瀬トークの巻頭文はここまでです。もう年寄りの自動車事故はうんざりだ。本当に社会の迷惑なんだよ。この僕の前職の会社は損保の代理店もやっていたんだけど自動車保険の契約者の中に90歳を超える老人がいたんだ。事故ばっか起こすんで軽自動車の保険料が30万円を超えていた(爆)。さすがにその家族は「おじいちゃん、もう車の運転はやめましょうね」と言うと「わ、わしゃ車に乗れんかったら死ぬ!」と駄々をこねたジジイ。「だったら死ね。頼むから今すぐ逝ってくれ」。誤解しないでほしい。その家族全員の内なる声をこの僕が代弁したに過ぎないんだ。そして今、その「家族」が「遺族」にバージョンアップしていることを本気で願っている僕がいる。だってさ、平成の殺人鬼になるくらいだったら、そのほうがずっとマシだよね。だよね?ただでさえ車って走る凶器なんだよ。そこらのヤンキーの運転は年寄りのそれより100倍も安全だって。よく「年寄りは頑固だから」と言うが、上記の場合は頑固ではない。頑固は「人の意見を聞かずに自分の考えや態度を改めないこと」だが、それってその人自身の考えや態度のほうが正しく、自分に対して厳しい人の場合だ。いい年こいて免許を返納しない年寄りの場合、頑固ではなく単なるてめぇ勝手な外道に過ぎない。刑期をまっとうする前に最期を迎えるような年寄りはお願いだから自重しやがれ。

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岐阜タカシマヤの大九州展に見る世の中の需要と供給バランス

丸々と太った坊主の説法には1ミリの信憑性もないため単なる時間のムダとしか思えない僕がいる。それを正しい日本語で「ありがた迷惑」という。仏法を説く前に1グラムでもいいから痩せなさい。世の中、人間も料理も仕事も見た目が8割だよ。明日まで開催している岐阜タカシマヤの大九州展に今日、行って来た。1階のベジテリアでジュースを飲みながら『かさの家』の梅ヶ枝餅なう。中には「ここでしか売ってませんよ」と大声で叫んでいる店もあったが、ここでしか売っていないものなど別に世の中になくてもいい商品じゃんね。下手にそれを食べたがゆえに「こ、これは美味い!もっと食べたいぞぉ」となった場合、5分以内に食べられないこの僕が筆舌に尽くし難いくらい可哀想だ。その気になればいくらでも手に入る商品しか需要はないだろう。僕、間違ってる?ううん、100%正解だお。では、今日の一連の出来事を参考に応用編で締めくくろう。自分にしかできない仕事など別に世の中になくてもいい仕事だ。あなたがいなくても会社と社会は何の問題もなくちゃんと回る。

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モノもカラダもすでに持っているものを使い切ってこそ一生

5月18日(金)。秋田市内にあるダイワロイネットホテルの201号室でたった一人きりNHKの『あさイチ』を見ていた僕だった。ちなみに、全国にあるダイワロイネット&リッチモンドホテルはこの僕の別荘という位置付けで当然、メンバーズカードもお餅いや、お持ちだよ。この回のゲストは樹木希林で「モノも人生も使い切る」と静かに話していた姿がとても印象的だった。この「静か」を川の流れに例えて「滔滔(とうとう)と」という表現に置き換えようとしたこの僕の秀逸なセンスを可能な限り褒めまくってほしい。そこでだ、希林ちゃんを細くしよういや、補足しよう。ムダ遣いをしないのではなく、モノを使い切ろうとするから余分な物を買わずに済むだけのこと。それと同様に自分のカラダの機能も使い切ろうとすると余裕で100年はもつだろう。そして、30年の人生でも100年の人生でもその濃度はまったく同じ。30年の人生だから幸が薄いというわけでもなければ100年を生きてもその分だけ幸が濃いというわけでもない。グロスは同じなんだ。だから、どうせ同じ濃度なら1分でも1秒でも長く生き延びてじっくりと味わったほうが得っちゅうこっちゃがな。ポイントは「すでに持っているものを使い切る」こと。だからと言って、朝はサンドウイッチで夜はハンバーガーにしてマフィンを使い切った我が家の食卓。許されるならば夜はお米が食べたかった。

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谷汲山華厳寺と両界山横蔵寺と喜更のえび天ざるそば@岐阜県揖斐郡

車でちょこ1時間くらいの遠くもなく近くもない距離にある名所旧跡が何気に惑わしいスポットだと思わないかい。遠いなら遠い、近いなら近いほうが確実に訪れやすい。ってことで、以前から一度、訪れてみたかった谷汲山華厳寺へと新品のタイヤに交換したばっかのドリーム号で静かに向かった。

華厳寺もそうだが、そこに至る参道ショッピングも楽しみのひとつなのに思いのほかしょぼかった。そのためにわざわざ平日ではなく土曜日に訪れたったのに。ま、10時前だから早すぎたのかしら。

それはともかく本堂の中で線香を販売している1人の雲水が、坊主頭をかきむしり間抜け面で大きなあくびをしていた。その姿を垣間見た僕は「ここって大丈夫かよ?」と心配するとともに辟易した。

華厳寺を後にした僕は、そこから車で約10分の両界山横蔵寺を訪れた。うん、ここは静寂でいい。

観光客や参拝客もまばらなせいか、鼓膜を突き破り三半規管を刺激するかの如く清流の音がこの僕を新種のポエマーに変身させかけた。山門や三重塔などの建造物も荘厳だが、その空間が実に美しい。

横蔵寺の瑠璃殿に収められた重要文化財、舎利堂の妙心上人様の即身仏(ミイラ)は再訪に値する。

その妙心上人様は即身仏になるために20年間、一日一回きりお湯に溶かした蕎麦粉のみを飲むだけだったとか。きょうびの欲にまみれるそこらの安い坊主たちとはえらい違いだ。そこでだ、この僕も『喜更』でそばをいただくことにした。ただ、五平餅と海老とビールをトッピングしちゃったけど。

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あの夏の日のダーリンの思い出

ちょっぴり前にこの僕が「お互いを『さん付け』で呼び合うのは気持ち悪い」と書いたばっかなのにネットで「最近の小学校では『あだ名の禁止』や『さん付け』が増えた」というニュースを読んだ。それはイジメにつながるからというのが主な理由だった。ほう、学生時代の僕は小難しいことばっか言うT君に「文学歴史の10」、すべてにおいて鈍臭いS君に「永久に仏滅」、何をやっても不幸を呼び込みそうなMちゃんに「あさってのおととい」というあだ名を付けたった。ひょっとして僕ってイジメっ子だったのかしら?まあいい。仮にそうだとしてもとっくの昔に時効だぜ。そのニュースを読んだところ、子どもたちは「ふざけんなよ、Tさん」とか「マジ?それヤベェよ、Sさん」という具合にはしゃいでいるらしい。新種のちびっこ新興宗教集団かよ!それでは、何の得にもならんけどこの僕のあだ名の変遷をご紹介しよう。芥見幼稚園の頃は大人っぽく見えたのか単に老けていたのか「18歳」だった。ま、幼稚園児から見れば18歳も69歳も以下同文だろう。小学校の低学年では当時のプロレスラーのまんま「サンダー杉山」で高学年になったらウルトラセブンに登場する怪獣@宇宙細菌ダリーから「ダーリン」となった。身長が1ミリで体重は0.1グラムという小っちぇ細菌の怪獣だよ。人として小さいだけでなく、怪獣としても小っちぇ。これいかに。しかも人間に寄生して体液を吸うノミのような怪獣だよ。ひょっとして僕ってイジメられっ子だったのかしら?まあいい。そんなことより我が家の発泡酒が残り3本となりました。カウントダウンで味わって飲みましょう。

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ネットの功罪

出掛ける1時間前のヒンズー・スクワットは53歳と4か月の老練の体にはとってもデンジャラス。香り立つおっさん3人の飲み会のために自宅から歩いて30分以内の玉宮界隈@吟べえにやっとこさたどり着いた僕だった。足バンバン、「『いちご白書』をもう一度」はバンバン、フォークデュオはビリーバンバン。やめときゃよかったよ。あ、飲み会じゃなくてスクワットのほうね。毎日のように電子のハガキ、略してメールのやり取りや電子の線、略してLINEのやり取りを行っているために昨日にも会っている気になっていた友人と会うのは約半年ぶりだった。ネット社会はたしかに便利でそれがあることが当たり前。これは玉宮界隈に限らず、世界レベルでネットがない社会&つながっていない日常は考えられなくなっている。だが、それによって物理的な距離感と精神的な時間の観念がすっげぇ狂ったり失ったりもしていることは事実だろう。午後11時半。良いことも悪いこともあるネットの功罪が、悪いことだけの単なる弊害にならないことを切に願って床に就く。Zzz・・・。

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とりあえず「零ICHI」という選択肢はない

全国の日大OBの諸君、元気ですかぁーッ!いくらあなたに元気があったところで毎日毎日これだけ報道されまくれば凹んじゃうよね。昨今では「相手がどうなっても構わんから潰して来い」などとはあっち系の方でも言わんだろ。どうせ刑事処分が下るだろうからあんな愚か者たちは放っておいて、記者会見を行った彼は使える。潔さうんぬんを度外視しても顔を見れば分かる。スッと通った鼻筋、引き締まった口元を見ただけで実社会では使えると直感した僕がいる。その上、今回の一件で筆舌に尽くし難い屈辱と井戸より深いどん底を味わった彼の根性は鋼(はがね)のように強固で、なおかつ柔軟になるだろう。鉄のように硬いだけではポキッと折れるからダメなんだよ。壮絶な経験を積むと鋼の柔軟さがバシッと身に付くんだよ。そこでだ、全国の上場企業の人事担当のみなさん、是非とも彼の採用を考えてみてはどうだろうか。何かあっても当然、この僕に責任なんて1ミリも及ばない。そんなことより「零ICHI」わず。冷蔵庫内の発泡酒がなくなったら家飲みはノンアルコールビールにすると宣言した手前、西友で1本だけ買って来たった。その感想はと言えば「まっじぃ。10年前と何にも変わっとらん。栓を開けてから3年が経過したバドワイザーのほうがマシだろ」って感じだ。車はトヨタ、ビールはキリン、家電はパナソニックと保守派を愛し続けて早数十年。今さらアサヒやサントリーに妥協できないが、とりあえずこれはない。この際、国産は見捨てて外資に浮気しよう。

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良い君よりも悪くない君であってほしい

真っ昼間から必要以上に満腹になった僕は無敵でステキでトンテキはステーキだ。かるび庵で焼肉を食った5月9日以来、ふと気付けば魚と野菜とパンと粒あん三昧の日々になっているため「そうだ!とんかつの松屋へ行こう」と今週は遅番勤務の次女と異様に盛り上がった。盛り上がったと言っても物理的に何かが盛り上がったわけではなく、よく考えたら秋田の『支那そば伊藤』で過剰なくらいにチャーシューを摂取していた衝撃の事実に気が付いた僕だった。まあいい。では、そろそろホンダに乗ろういや、本題に入ろう。繁盛店には絶対に売れない高価なメニューがあるんだ。松屋で言えば、今年の1月20日にこの僕が食った「ポークステーキ」がそれだったかもしれない坂本(泣)。その店構え、味、スタッフの笑顔と並んで重要なのがメニューリストだろう。その中で最も目立つ場所に載っているのが1番の売れ筋である2番目に高いメニューだ。そのページの片隅には絶対に売れない高価なメニューが載っている。すると客は「悪くない店だ」と潜在意識レベルでホットな安藤いや、ホッと安堵する。ポイントは「良い店よりも悪くない店であってほしい」という点だね。ココ、次の中間テストに出るかもしれないから要チェックだよ。ほらほら、だからと言って蛍光ペンで塗りたくったら真っ黄黄になってポイントが分かんなくなるでしょ。では、どうして客は1番高いメニューを注文しないのか?その答えは世界のトヨタが教えてくれる。正しい日本人はプリウスでもアクアでも上から2番目に高い車を買う習性がある。正しくないジャパニーズは何でもかんでも高けりゃええと勘違いしてムダ遣いをしまくり3年半後には破産する。このように絶対に売れない高価なメニューがあるだけで2番目、3番目の商品がスムーズに回転して最終的には店全体の収益はバシッと上がる。それでは「そんな高いの置いといたって売れないし、もし売れたら面倒臭いし」と言い訳ばかりする経営者には商売のセンスがミミズの胆石ほどもないという珠玉のメッセージで今日の講義は終わる。

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